神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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ものをくれる友

徒然草のどこかの章に「ものをくれる友は良い人だ」ってかいてあったわ。
しみじみとそう思うわ、ありがとう、というと「こんなもので悪かったな」とおちょくられたとおもった友が応える。
幼馴染3人が彼の車に乗せられて訪ねてくれた。(11月26日)
私はありあわせの食材で散らし寿司、椎茸・高野豆腐の炊き合わせと里芋を味噌だれに絡めたものを作って昼餉に待っていた。
大きな枝に赤い実がびっしりとついている。
なんという名前だろう。
「聞くな、勝手に俺の山にはえたもんで名前は知らぬ」
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あまり生の木や花は生けたことの無い壷にたっぷりと水を入れてさす。
台にかけてあるカバーは神戸の友にもらったひざかけだ。

2年前から栽培を始めたという椎茸が見事なできばえでそれも早速焼いてポン酢を添えて出す。
なんねんも何年もの年月が瞬くうちに溶け出して幼いころの風景がある。
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孟宗竹の細工ものももらった。
一株100円のシクラメンを植えてみる。
by ai-bannri | 2006-12-05 19:20 | 荒磯のうた

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秋祭りの太鼓や鐘のおとは車を走らせると時折聞こえることがある。
帰郷していることを知らせると明日(27)は祭りがあるよ、と言ってくれる人があって見に行くことにした。
薩摩半島の中ほどのここは、坊津に貫けるところというので津貫(つぬき)と呼ばれている。
前は薩摩白波で知られる会社の大きな工場があったりして活気もあった。
今はご多分に漏れず過疎はとどまることはない。
中央に小学生と思しき男の子が振袖を着て花笠とかぶり二人は鐘を二人は鼓を打ち鳴らしている。
その周りを白装束に頭に孔雀や尾長鳥雉の羽などを飾り背中には色とりどりの飾りをつけて、大太鼓を腹に20人ほど、稚児さん達のすぐ近くに紋付羽織をきた男衆3人が立ち歌をうたう。
ああじれったい、写真なら一目でわかるのに。

折角郷里に帰ったのにと友達に電話を入れたら折り惜しく幼用事があるという。
もう一人の友人ね電話を教えて貰って住まい近くのショッピングストアの駐車場に車を入れると件の友が窓をたたく。
用事の途中で前を見ると大阪ナンバーはきっとと思ってついてきたのよと、会えることもないと思っていた友と会う。
青の後この近くに住むクラスメートの家に行き、夕食を取りPCも借りる
by ai-bannri | 2006-10-27 19:51 | 荒磯のうた

藺牟田池の白鳥

藺牟田池(いむたいけ)はPCで一発変換が出来ない。
パソコンも読みにくいようだ。
鹿児島県は読みにくい地名がおおい。
コスモスのあった出水(いずみ)川内(せんだい)、そしてこの池は祁答院町にある。
けといん町だ
周囲8キロほどの湖におびただしい数の鴨と白鳥がいた
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by ai-bannri | 2006-10-16 03:43 | 旅行

上場のコスモス

空港においてある時刻表の表紙に目が止まった。
コスモスが山を覆いつくすように咲き乱れている。
どこの写真ですかと問うと、「出水市の上場です」

ナビに上場を入れて走る。しばらくは川内川の両側の見事に実った黄金色の稲穂を眺めて西に向かう。
このあたりは台風の被害にあって田も畑も家も水に浸かったところだ。
去年、このあたりにとても良い家を見つけて何回か身に来たことがある。
都合が悪くて断念したが、住んでいたら隊大変なことになっていたに違いない。
何が幸い荷なるか分からないものだ、などと思ううちに幹線道路を離れて山道に入ってきた。
うわぁ、ナビを信用しているけれど、これが無ければ道に迷ったと思うだろう。
狭い、暗い、曲がりくねっている。林道かこれは。
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ひとつの山の斜面がコスモスで覆いつくされている、先日みた万博公園のコスモスも良かったけれど、ここはすごい。
管理組合が育てた苗をボランティアの400名ほどが植えるんだ。
ところどころ広場のようなものがあってお弁当を食べている人たちがいる。
お弁当を持ってくれば良かったと思いながら、草スキーのようなもので遊ぶ親子づれをしばし観察。
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大きな大木の下にも一塊の人の輪がある。
目を遠くにやれば実った田んぼの向こうは山並みが続いている。

駐車場の隣にはわらで作ったとんがり帽子がいくつもあって「古代マーケット」の看板が見える。
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あの中でものを並べて売っているようだ。
古代の商品ではないが。
by ai-bannri | 2006-10-16 03:34 | 旅行

風車と海

波に任せて船を漕ぎ出せば着くところの予想は出来るのだろうか。
北極星や明星などは千年も万年も変わらないところで輝いているのだから、賢しい船乗りはそれを当てにうまく乗り切って恋しい人の待つ港にその身をはこんでいくだろう。
なすすべもないひとは思いをよせるのみか。

山川の砂蒸し温泉は砂はさらりとしていた。20分ほど蒸された身体は思いなしか軽くなったような気がする。
浜伝いにドライブをすればバックミラーにすばらしい景色が写る。
思わず降りて写真に撮る
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開聞岳は924m その美しい姿から薩摩富士と呼ばれる。
麓には大うなぎで有名な池田湖がある

左に海、右に茶畑を眺めて頴娃から枕崎に入る
ひところは遠洋漁業で名を馳せた枕崎は指宿から故郷にたどる道中にある。
港を離れて山の中の国道を行けば近いけれど、天気も良いので坊津を回っていきたくなった。

20年ほど前、まだ子供たちは誰も幼いころに母の供であの道をドライブしたことがある。
子供ゆえ、歴史などにはとんと関心も示さずに単調な道行にみんなうんざりしていた。
私は一杯のコーヒーが恋しくて家影があれば頼みにしたがついにのどの渇きは潤うことはなかった。

故郷に住めば歴史の里はまた来ることもあるので今日は道だけの下調べのつもりで。
海岸は山がそのまま海に落ちるように険しくてわずかな土地に数件の家がへばりつくように建っているところがある。
いくつにも入り組んだ入り江はリアス式海岸だ。
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一乗院という古い寺があって、坊さんがいる港だから「坊津」といわれるようになった・・・という説がある。
日本三津のひとつで、あとの二つは福岡の博多の津、三重県の安濃の津
遣唐使や中国からの使者は多く坊津を経由して行き来をしていた。
足利時代にも貿易港としてにぎわったが江戸時代には幕府の鎖国政策で国際貿易港としての役割はなくなってしまった。
古くは「鑑真和上」が苦難を乗り越えてこの港に到着したことが知られている。
入り江はいくつもあって、坊の浦、久志浦、秋目浦など。
鑑真が上陸したのは秋目浦。

背後の山には巨大な風車が並んでいる。
9基ほどあるだろうか。
風は凪いで海も穏やかだけれど、風車の向きはそれぞれだろう、いくつかがゆったりと回っている
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このあと、大浦町の野間池にある笠沙えびすで夕食をとる。
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さくや姫御膳1550円
土地の魚の刺身盛り合わせ 焼き物 豚の角煮 温うどん 茶碗蒸し

どれもおいしかった。魚の新鮮なのには脱帽
でも、茶碗蒸しにお砂糖を入れるなんて・・・・・
by ai-bannri | 2006-09-21 17:26 | 旅行

指宿の知林ヶ島

大隈半島の根占港からフェリーボートに乗って対岸の山川港にわたった。
金港湾には無数の養殖いかだやブイが浮かんでいる。
ここは魚を育てる海の畑だ。
船の上から指宿を見ると手前に小さな島とさらに小さな島が見える
知林ヶ島だ。

指宿の町の背後にある小高い丘魚見岳に上り島を眺める
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周囲3キロ高さ90メートルの無人島で指宿カルデラの外輪山の一部をなしている。
干潮時には長さ800メートルの砂州が出現して歩いて渡ることが出来る。
今がちょうどその干潮時でチャンスなのだけれど、履いている靴が砂浜を歩けるものではないので山の上から見ているのだ。
もっと計画的に旅をすればよかった・・・・・・。

砂州の付け根の田良御崎はキャンプ場になっていたが夏休みも過ぎてしかも平日とあっては利用している姿もないが砂州を歩いている人影はたくさん見える
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知林ヶ島の情報は知林ヶ島ホームページで、砂州出現の日時なども

根占ー山川フェリーボート 3メートル未満1850円 ~4m2500円 人は600円

この後山川の砂蒸し温泉を楽しんでふるさとに向かった
砂蒸し温泉 大人800円(貸し浴衣とも)
by ai-bannri | 2006-09-20 03:31 | 旅行

佐多岬=9月8日

生まれて育ったところといっても鹿児島は広い。
県庁のある鹿児島市は小学校の修学旅行と中学の学校行事で行った程で、大阪に住み着いてから観光気分で訪れた方が多いくらいだ。
大阪城の天守閣に登ったことのない関西人がいるようなものだろうか。
大隈半島の町の名前なんて志布志と鹿屋と垂水ぐらいしか知らない。
もう、ずいぶん前になるが、就職して3年ほどのころ母と従姉妹を連れて九州一周の旅をしたことがある。
貯まっていた貯金を全部使い果たした。
ほとんどの記憶はおぼろげになってしまったが、佐多岬から指宿にフェリーボートで渡ったとき、船の横を飛び魚の群れが「飛んで」いた。
白い波が虹を生み、そのアーチをくぐるように青い魚の背がひかり、羽根(背びれか?)もくっきりと見えた。

今は佐多岬からの船は出ていないので、湾内では飛び魚は見られないのだ。

与次郎が浜のホテルを後にして桜島に渡る。
早朝に見た島は八合目ぐらいまでは見られたのに麓を走るころにはすっかり雲に覆われて、どれが霧やら噴煙やら区別もつかない。

前にバラ園を見たときに鹿屋の街中はみたので、浜伝いに2時間ほどを走ると佐多岬ロードパークの入り口に着いた。d0038294_1585387.jpg
このあたりには猪も出る。ゲートにいた人がさっきまで生まれたばかりの瓜坊をつれたのがいたよと教えてくれた。
道の両側はソテツなどの亜熱帯植物が自生して大きく育っている
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奇妙な木をみた。いくつも、いく本も。
幹のあらゆるところから気根が伸びて怪しい様子を見せている。
ガジュマルだ。
気根など要るのだろうか、雨も風も激しい土地なのに。

平日なので行き交う車もあまりない
実はこの道路は有料道路だが、高速道路並みに歩行者や自転車が通れない。
たまに自転車や徒歩での旅行者とゲート付近でもめることがあるという。
その苦労話が歩き旅・COMさんのHPにある

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終点の駐車場について、気根がたっぷりと下がった大振りなガジュマルの木陰に車を置いて岬の突端近くまで歩いてゆく。
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ソテツや棕櫚など南国独特の木や草が茂っている道を歩くと中ほどに神社があった。
開基は古くて平安時代の初めらしい。
薩摩藩の琉球航路の守り神として篤く祭られたが今はなぜか縁結びの神だ。
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適当に足場の悪いところもあってちょっとした登山気分ですれ違う旅人に「山びと」のように「こんにちわ」と明るい挨拶を交わして、それでも30分ほど歩けばあざやかに展望が開く。
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写真は鹿児島県南大住町のホームページから

紺碧の海がきれい。
はるかかなたに開聞岳がかすんで見える。
そうだ、海を渡ってあの山の麓にある砂蒸し温泉に入ろう。


佐多岬ロードパーク 乗用車1000円 御崎入場協力金100円
なお、ここの緯度は回路やニューデリーと同じらしい。
by ai-bannri | 2006-09-20 02:04 | 旅行

情熱の島の夕べ

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与次郎が浜の鹿児島県庁のある辺りは昔、鴨池空港と呼ばれる飛行場があった。
プロペラ機が飛んでいたのだ。
戦争中は軍の訓練場でもあったし、特攻機もいくらかはここからとんだ。
昭和48年(1972)鹿児島空港は溝辺(今は霧島市内)に移り国際空港となった。
こんなに近くに櫻島があって風向きによっては灰が大量に降るのだもの。

江戸時代には塩田があったらしい。
天保年間に荒田村の百姓与次郎が拓いた。

7日に泊まった鹿児島東急ホテルはこの浜にあって窓は桜島に向いている。
手に取るほどに見える。
雲間から夕日がかすかに差して海に映しわずかある錦江湾のさざなみに色を添えている。
小さな桟橋があってその周りには幾艘もの小船が見える。

桜島の向こうにかすかに見えるのは大隈半島の山並みだ。
明日はあの島をわたりあの山の裾を走って佐多岬にいこう。

トラピックス・アラウンドの発行している格安航空券プラス宿泊券のセット25000円で鹿児島東急ホテルに泊まる
by ai-bannri | 2006-09-14 23:08 | 荒磯のうた
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鹿屋市の海よりにある霧島が丘公園にはかなり大きなバラ園があって昨年の9月にも母を連れて見に行った。
そのときもなんて広いのだろうと思ったものだ。
今年4月にリニューアルオープンして3倍の広さになった
8万平方メートル、4000種類 5万株・・・すごい
未熟なカメラの腕でそのスケールを写せるものではない
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新聞などの報道によると12日ごろが一番の見ごろとあるd0038294_112587.jpg
見ごろなのだ
ピンクやゴールド
つるバラ
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写真を整理してもこれぞといったものが無い
こんなものではなかった
どの花もどのバラも、さあ我こそはといわんばかりに訴えていた

その美しさを

入園料600円(1~3月と8,9月は300円)
駐車料金500円
年間パスポート1800円
by ai-bannri | 2006-05-14 01:26 | 旅行

桜島

登っても桜島の雄姿は見られないほど山は雲に覆われているので、城山に行くのは止めて懐に飛び込もうと港へ行き櫻島に渡る。

鹿児島市内から桜島に橋をかけろという市民の声もあるが旅人には船の旅情(というほどのこともない・・・・か)も良いものだ。
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上の写真はこれを書いている今日(5月13日)の桜島で「今朝の桜島」からの拝借である

5月10日もこんな具合だった。

島への所要時間はわずか15分である。
降りるときに「建立への道のり」という冊子をくれたd0038294_16545831.jpg

2004年に桜島で行われた長渕剛のオールナイトコンサートには7万5千人もの人々が集まった。
その情熱は冷めやらぬうちにと記念のモニュメントが作られた。
その行程が特集記事になっている。



櫻島は小学校の修学旅行で来た。
そのときも山頂からは薄い煙が見えていた



20年ほど前に幼い子たちを連れて島を一周したことがある。
降りかかる灰に前方はまったく見えず霧の中を行くように目を凝らし時折ワイパーを動かして、灰を除けた。


その後噴火もやや静まり穏やかな天気の跡に母の供で来たことがある。

島を周遊する道を半分だけ走って鹿屋に抜けようと思う


途中一面の溶岩の原の中に遊歩道や展望台が作られているところで車を止めて少し歩いてみる
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『我胸の熱き思いにくらぶれば 煙はうすし桜島山」と書かれた銅板を貼り付けた大きな溶岩もある
「あらこれはまるで怒れる巨人の様子だね」
「西郷どんかな?」

さまざまな形の溶岩がある

少し走ってまたすぐ止まり長淵剛の記念モニュメントを写真に写す
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林文子の歌碑があるところで知られる「ふるさと温泉」に立ち寄り浴衣を着てはいる露天風呂を体験する。

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入浴料1050円 タオル貸し出し200円
by ai-bannri | 2006-05-13 16:40 | 旅行