神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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七五三・・11月20日

七五三の記念写真は先週スタジオ「アリス」でレンタルの衣装を着て済ませたけれど、神社のお参りはしなかったから着物を着せてゆきたいというので今年の正月にも着せた四つ身の着物を今の身長に合わせて揚げを解いてしなおした。
もうこれ以上伸びたら着せられないくらいに背が伸びて「おはしょり」の形をとるのがやっとだった。
セットで買った帯揚げはちょっと物足りないので娘たちの成人式に使った絞りの帯揚げを使い、しごきも省略して楽に着せてやった。
雨が上がってよかった。
孫は正装なのに娘夫婦の防寒コートはまさに普段着ではないか?

いいけれどね。
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by ai-bannri | 2006-11-23 00:48 | 日記・あれこれ

10月22日 墓参と見舞い

今日は衆議院の補選の日だ。
いつも選挙の直前になると、何十年も前に「一緒に働いていました」という人から電話があって、自分も覚えていればなんと言うこともないが、記憶の襞をどんなに伸ばしても片鱗すらないときは申し訳ない気分になって落ち込む前に、だれだれに入れてくれとあつかましいことを言う。

電話代も自分もちなら、うちにかけても無駄なんだからもうそんなことはやめてほしい。今までは気遣って「はいはい」と返事をしていたが実は○○党の人には今までもこれからも投票するつもりは無い、などと正直に告げて以来親戚づきあいを断られた人もいる。

ところが今回は自分も支持する自民党を推しているので電話の応対もわれながらお調子が良い。
「ご苦労様です、お世話になります」・・・・・はないだろう、ヲイ。

さっきの速報で当選が確実となった。
民主党の大谷さんは日ごろの活動をよく知っている。昨今の民主党のあり方を見ていると気の毒に思う。
前の鹿児島帰郷の時には電波を探るようにして国会中継を聞いていたがあれではまじめな議員はたまらない。

明日から帰郷するのでお墓に参ってお見舞いもしようと、甥に電話を入れたら、「妹と待ち合わせをしている」という。
それでは一緒にご飯を食べましょうと古市の駅あたりで待ち合わせて三人でお墓参り。
墓石の裾のあたりが泥だらけになっているので、玉石を敷こうとコーナンで園芸用の玉石2パックを買っていた。
1年ぐらい通えばびっしりとなるほど敷けるかしら。

d0038294_0575376.jpgその後近くにあるステーキレストランビッグジョーで昼食をとる。
平日ならばランチメニューがあるらしいが今日はステーキかハンバーグ。
甥はステーキを注文して私たちはハンバーグの一番小さいのを注文した。
それでも180グラムある
「焼き方はレアで中が少し赤いですがよろしいでしょうか」と怪訝なことを聞かれた。
ハンバーグなのに?
料理を見て納得。
自分が作るハンバーグは肉の量は半分ぐらいでソースで煮込むものだが、ここのは肉をミンチにしてそれを丸めて焼いた・・・感じだ。
皮付きのポテトにバターがのったの、インゲンのソテー、にんじんのソテー、
それにプラスセットでミネストローネ風スープ、サラダ、パン
しっかりとビーフステーキを食べた気がする
ハンバーグステーキ180グラム920円
ランプステーキ160グラム1050円 セット プラス500円

ファミリーレストランにしては特異な感じがする。
経営者はもと関取で四股名は「若の富士」このあたりでは人気のレストランのようだ

げっぷが出るほどおなかいっぱいになって病院にいく。
甥がとても上手にひげを剃ってあげた。
「ふ~ん・・・他人のひげなんて怖くて剃れない。上手だなぁ」と女二人はその手つきに見入るばかり。
義兄は相変わらず声は出ないが今日は「娘」が来てくれて嬉しそうだった。

2時間ほどを病院で過ごし、今にも崩れそうな雲行きの空を見ながら神戸の家まで送ってゆく。
by ai-bannri | 2006-10-23 01:10 | 荒磯のうた

秋の草を供える

万博公園で時間をかけて散策をしたがまだ4時にもなっていない。
母は出かければ必ず夕食も外で取るので時間をどうやって費やそうかと思案した。
北摂の山々をドライブしたら彼岸花や田のコスモスが見られるかもしれないと音羽のあたりや銭原を走ってみる。
こんな景色は心が和むのだが母はどうなんだろう。
あまり反応も無い。
竜王山の中腹の忍頂寺 (にんちょうじ)近くの竜王山荘に立ち寄り釜飯を食べる

出口あたりで母にとも無く「今度はミニ懐石にしようね」というと、男性社員が「ご予約をお願いします」

ここにくる途中の見山の里でコスモスやホトトギスなどの秋の花を大量に買った。
一対の花束にして次の日姉の墓前に供える
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by ai-bannri | 2006-10-10 21:10 | 荒磯のうた

万博公園のコスモス

新聞の折り込み広告に万博公園のコスモスの写真があったので、思い立って母を誘った。
雨なら中止ね、と約束した次の日早く起きると夜半から降り続いていたような雨だけれど、天気予報は一日中雨のマークは無い。
10時ごろになっても止まないなら取りやめの電話を入れようと待つうちに空は明るくなって陽もさしてきた。
実家に行き、兄がいれてくれたコーヒーを飲んでいるとまた霧のような雨がふる。
「風が西に向かって吹いているから雨雲も流されているのよ」
天気予報は晴れだしねと義姉が私の思っていることをいう。
近場だし迷うほどのこともないと、11時ごろに家を出た。
昭和45年に開かれた大阪万博の跡地は一部は阪大病院や住宅にもなったが大方は公園となって残されている。
コスモスは自然文化縁にあるが、まずは日本庭園の入り口近くの駐車場に車を止める。
駐車料金1日1回1200円
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250円でチケットを買って中に入る。
何人かの園内をガイドする年配の方がいるがボランティアだろうか。
耳の聞こえない母の供なのでガイドは頼めない。
まずはお弁当を食べましょうと無料休憩所に。
今まさに色づく準備をしている木々が生い茂っている。
そこから滝が流れて広い池を作って目の前に広がっている。
池の背後は芝生の山、山裾にはつつじの刈込が見える。

食事の後、園内を散策する。
すぐに「山野草の展示会」の表示が見えたのでそちらに回る。
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鉢の前に名前があるのを見ると愛好者の提供なのだろう。
茶席に良く使われる、ホトトギスは変わった色や形のものがいくつかあった。
ミズヒキの葉に斑が入ったのがある。
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即売所もあったのでほしいものもあったけれど、この先の生活を思えば、ちゃんと育てられるか心もとない。





バイモユリ(貝母百合)の球根を少し買う。
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霧のような雨を避けて雨宿りをするように軒下に母の乗った車椅子を寄せて山野草を見たあと道を少し行くと竹林がある。
よく手入れされた幾種類かの竹が茂っている。

日本庭園はとても広い。集められる限りの日本中の植物を植えている感がする。
竹林から滝のある庭をとおり針葉樹林のトンネルをくぐる。
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日本庭園だけで2時間ほど歩いただろうか。
車椅子が携帯用のものなので車輪が小さい。坂道を降りるときは母は怖そうにしていたが私はもっと怖かった。
日本庭園を出て自然文化園を歩いて花の丘でコスモスの盛りを見る
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by ai-bannri | 2006-10-10 03:33 | 日記・あれこれ
お茶の稽古の生徒に小学校の先生がいる。

1日はやはり運動会だったということで、その話題が出た。
私は十分に感動したのだが、彼女は毎年のことなので無事にひとつの行事を終えた、といった感じであった。
秋の学校行事の話から修学旅行の話題になった。
娘たちの小学校の修学旅行といえば忘れられない思い出がある。

長女は岡山市内の生徒数500人ぐらいの当時なら中規模の学校にかよっていた。
修学旅行は関西方面だったけれど秋も終わり近いころで、帰るころにはとっぷりと日暮れていて誰が誰やら見分けはつかなかった。
親はてんでにわが子の名前を呼び子達はおかぁ~さ~んと返事をするが親子で200人近い雑踏の中で子供を受け取るにも時間が掛かる。
修学旅行の迎えなんてそんなものだと思っていたが。

次女は大阪の学校で広島に行った。
生徒数も多く1300人ぐらいの小学校で6年生は270人ぐらいいた。
念のために懐中電灯を持参したが、子供たちの乗ったバスが近づくと学校中の明かりがともされて校庭は昼のように明るくなった。
教室の明かりがナイターの照明のようだった。
端っこのほうから自分をめがけて走ってくる娘が見えた。

私は感激した20年近い前の話をたびたびするが、大阪の人はそんなものだと思っているらしい。

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10月のみの茶の点前、「中置」
秋の気配とともに水差しを客から遠ざける配慮をする。
棚は使わず「お運び」となる。

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中秋の名月が近いので干菓子もそれにちなんで月と兎、早めの紅葉が色を添える




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花はしゅうめい菊、紅白のミズヒキ、ホトトギス。ムラサキシキブ、ヤハズススキ
軸は「掬水月在手」

 掬水月在手  水を掬すれば月 手に在り
 弄花香満衣  花を弄すれば香は衣に満つ
by ai-bannri | 2006-10-05 12:25 | 日記・あれこれ

雨中の運動会

日曜日には小学校の運動会があるので良かったら見に来て、と次女からのメールに、昔の運動会のことをつい連想して、何かお弁当の足しに一品持っていこうかとしたら、「何も要らないよ」という。

子供の弁当は持たせるけれどそれは、日曜日で給食が無いからであって、児童は教室で保護者はご自由にどうぞ、ということだ。

9時半ごろに近くのマイカルの駐車場に車を止めて学校に行くと、門のところでPTAの委員らしき人が受付をしている、孫の名前を言って「入校証」をもらって胸の辺りにつける。
ひところは学校の校庭は地域の人の憩いの場所でもあったのだが、あんなことやこんなことが頻繁にあって、警戒怠り無いところになった。

雨模様なのでプログラムは「雨模様バージョン」だしかもこのとおりではありませんと注意書きがある。
来賓の挨拶も大方ははしょられたのだろう、競技はすでに始まって得点版に赤白の点数がついている。
だれも、だらっとしていない。
ひとつが終わればもう次のメンバーがグランドにいる。
てきぱき、きびきびとした子供たち。
プログラムもとても良かった。
綱引きも、騎馬戦も一ひねりしてあって見ていて飽きない。
詳しく書きたいが、やはり見てもらうに限る。

プログラムに気になる文字があった。
以前「もと小学校の教師」と一緒に男女共同参画事業の事務アシスタントをしたときに、戦争を連想させるような文字は使わない。
ときっぱりと注意された。××戦とか競争とかは使わないほうが良いんだそうだ。
そういう言葉を使って子育てをしたら猛々しい戦争好きな大人になるんだそうだ。
開いた口はふさがらなかったが、ものを言えば、言い『争い』になりそうなので目を剥いただけにした。

それがどうだ、「穂積が原の戦い」・・・ん「TAG OF WAR」
団塊の世代はよく頑張って今の日本を築いたが変なのも多かったなぁ・・・・
他人事ではないけれど。

孫は1年生だが3年生ぐらいの身長なのでコンパスも長く、ゆるく走って1番でバトンを2年生に渡していた。
11時半ごろには雨脚も激しくなったが日ごろ練習した競技は全部終わっていた。
保護者参加の番組はパスされたのは想定内のことでした。
by ai-bannri | 2006-10-05 00:35 | 日記・あれこれ

茶室に秋

習っているお茶は表千家で、今の講師は前の先生のお弟子さんで、私の初歩の手ほどきもしてくれた。
前の先生が高齢を理由に引かれたので去年の講座から受け継がれている。

自分は免状を取るつもりはなくただその雰囲気を楽しんでいるだけなので稽古は毎年同じことの繰り返しだ。
上級へ進もうとしたらご自宅の稽古場に行かなければならない。

茶の湯の奥義を極めるのは並大抵のものではないと思う。
奥も深いし、幅も広い

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床の間に秋の雰囲気が漂っている
竹で編んだ筒に、秋海棠(しゅうかいどう)、むくげ、段菊、シュウメイ菊、銀水引、ヤハズススキがいけてある。
段菊が珍しい。
調べたらクマツヅラ科でカリガネソウ属で名前は菊だが姿は似ない
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季節の花300より

これらの花はすべて講師のお宅の庭にある。
茶の心は花の心だろうか、丹精こめて育てないと、山野草などは庭ではなかなか育たない。

この花は戴いて持ち帰り姉の写真の前に供えてある。

彼岸の休日には母を連れて実家の墓参りにいった。
北摂の山を切り開いて巨大な墓苑が作ってある。
そこに父と白血病で夭逝した甥と、姉の霊を祭ってある。
帰り道木立の間から淀川をはさんだ北河内の遠謀が見えるところがある。
車を止めてしばし眺める
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あと中央環状沿いの「シャロン」で食事
実家に送ったら、ガレージを空にして宴会の最中だった。二人の甥の一家、
「らぼ」のホームステイにきている、韓国のセハンさん(新春と漢字では書くらしい)
21歳、168cmの美人だ、
ガレージに掛かるたっぷりとした萩の花が満開で美しい
by ai-bannri | 2006-09-27 08:49 | 日記・あれこれ

偉大なひと 

ふるさとにいる従姉は母方のいとこの中ではもっとも長齢で自分は幼いころに彼女に「オムツを替えてもらった」らしいが、私にその記憶はない。
物心ついたらそばに「ねえさん」はいなかった。
長女だったので苦労した。
おまけに下の弟妹の出来が悪くて、何かにつけては姉に頼っていた。
伴侶は若いときに列車事故にあって片足と片手はない。
もう一方の手も指は2本欠損している。
筆舌に尽くせぬ苦労をしたと思う。
まったく収入のない伯母を90歳でなくなるまで扶養していた。

天は彼女を見捨てずに美貌と明晰な頭脳を与えたが、かえってそれが邪魔をしたこともある。

子供はとっくに自立して孫も成人している。
東京と北海道で。

夫君は障害者だがボランティアでさまざまなことをしている。
毎朝付近の子達が学校に行くころは登校の付き添いをしている。
法律に明るくてよろず相談所を無料で開いている。
環境パトロールは県に委託されている。
いろんな用事のためのいろいろな帽子をいくつも見せてくれた。
習いもしないのに絵もうまい。
主に外国女性の裸体のデッサンをしている。
郷土に縁のある小泉首相のデッサンもあった。
今年81歳だ。
いとこは何歳だろう、70歳はとうに超えているが、とても若く見える。
先日の敬老の日は彼らを敬うためにあるような気がする。
by ai-bannri | 2006-09-23 10:11 | 旅行

花嫁の父と義父

結婚式は若いカップルの最も晴れがましい日だと思う。
長女も勤務の間を縫ってエステに通ったし、前日には爪のマニュキュアもしてもらった。
去年よりは3キロも体重が減って「万里さんとこのお嬢さんはなんであんなに細いの?」と聞かれたりした。
もっとも私を知る人は中年になれば目方は増えると思うだろう。

若い二人の晴れの日なのは当たり前だが、長女の結婚式で感じたことがある。

近頃のウエディングマーチは「父」の為に鳴るんじゃなかろうか・・・。

MiaViaのチャペルは祭壇の高い天井は窓があって明るい陽がさしていた。
壇上に神父様がたちその下で新郎が待つ、そこに7歳の男女がマリッジリングを入れた篭を持って先導してくる、長女の手をとるのは父親だ・・・・当然だが。

最近は仲人を立てるのはめっきりと減った。d0038294_12305385.jpg
10組のうち2組もないらしい。
職場の上司にお願いする時代でもないし、結婚で思い出す恩師もいないらしい。
だからお色直しで引くときの介添えは式場のスタッフがするものだ。
ところが、司会の声で顔を上げると上機嫌の新郎の父君が「私の娘の」手を取ってドアに向かっているではないか。

いいけれどね、産んだのは私なんだから。
by ai-bannri | 2006-09-14 00:10 | 荒磯のうた

初盆とはいえど 8月14日

しきたりや習慣は親から日常的に受け継がないとあやふやなところがある。
自分の親は一応は知っていると思うけれど、同居している兄はクリスチャンになってしまって、仏教の約束事などとんと関心がない。
兄嫁も・・・似たようなものだ。
兄の次男は白血病で亡くなってもう20年はなるが法事などで呼ばれたことはない。
教会でミサは挙げているのだろうが自分は教徒ではないので、幼い子の洗礼式ぐらいしか付き合いはない。

姑は親戚のすべてを敵に回していたので墓前には家族以外は誰も来ない。
初盆だから、縁のある人を呼んで食事会でもしたいところなんだけれど。
義妹に相談をしたら「おねえさんと二人でしようと思っていた」というので、ばっさりと省略することにした。

d0038294_0203585.jpg墓参りは盆らしい花を供えようと前の日に買いに行く。
高野槙の緑と大振りの菊、リンドウにおみなえしで早い秋を見せ、蓮の花と実を添える。
墓前にお供えは普段はしないけれど、後で次女に下げようとフルーツの盛り合わせ。
10時に次女に迎えに来てもらって京都の墓苑に山を越えて40分ほどのドライブだ。

墓参りの後はご飯にしましょうね。
何食べたい?と聞くと
「ホットケーキとラーメン」
えー?それはちょっと付き合いきれないよとほかのあれこれを進めても、ホットケーキとラーメンと節をつけて繰り返す。

それでも墓参が終わってまた車に乗り込んだら「イクラとハンバーグ」に変わっていた。

沓掛のファミリーレストランに入り、お子様ランチのなかのハンバーグと、大人が注文したおすしのイクラを分けてあげて、彼は意思貫徹

四国に帰った三女の留守宅に行って新聞を取り込みベランダの花に水をやる。
by ai-bannri | 2006-08-16 00:21 | 日記・あれこれ