神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri

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2日目 4月12日

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あまり早く寝ると夜中に起きて万里に迷惑を掛けるからと10時になるまでおきていたが、やはり4時にはトイレに行った。
外が明るいので目が覚めた、もう朝だと言うがダイニングの薄い明かりを外の明かりと思ったわけだ。
もう一度寝てもらう。




自分は7:00起床
7:30 朝食 雑穀入りのご飯、豆腐の味噌汁、いろいろ野菜のキンピラ、カツオの腹皮、イチゴのヨーグルトがけ。お茶80cc コーヒー牛乳150cc

9:15~9:55 お絵かき
昨日「大人の塗り絵」と言う本を買っておいた。よさそうな1ページをコピーにしようとしたら白紙で出てくる。なぬ!コピーはさせない算段だな!
濃い鉛筆でなぞって、拡大コピーにかける

水彩絵の具を使ってお絵かきをする。
私は色鉛筆でいつもやっている(ディサービスで)と文句をいうが修正がきくからこの方が良い。
とてもきれいに完成した。茎のところと花の濃淡をちょこっとつけてやって落款代わりの「み」の字をかきこむ。
完成を祝って二人でお茶 桜餅半分ずつと塩味饅頭、日本茶100cc

手持ちぶたさに見えるので極太毛糸で台所のたわしを編んでもらう

昼ごはん 昨日の残りにうどんを入れて焼きうどん。 トマト お茶80cc

散歩を兼ねて買い物に行く
畳の上に布団では普段と違って立ち居振る舞いに不自由のようだ。
近くのアウトレットの店に格安のベッドがあるので、見に行く。
もしかしたら今日届けてくれるかもしれない。
店内をたくさん歩いて業務用のエレベーターまで若い店員に案内してもらって2階に。
まず目に付くのはフランスベッドの高級品だ。
あと何年使うか分からないものに10万もかけられない、
それに、そんな金はねぇ・・・・無い。

到着が5日ほど先なら2万円のが明日なら35000円で、というわけで明日からベッドを使ってもらいましょう。
ベッドパットやらシーツやら買って合計41500円

そのあと蓬を摘みに行く。3キロほど走って郊外の駐車場の片隅に蓬の密集しているのを見つけた。
もう私は散歩は足りているという母を車内に残して摘む。
かえってお茶タイム
カステラ一切れ、海老せんべい2枚。コーヒー牛乳180cc

ころあいを見計らって日当山温泉の家族湯に行く
7:15 夕食
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さわらの味噌漬け、筍と里芋の炊き合わせ、青菜の煮浸し、庭の野菜のふりかけ(イリゴマシラス入り)桃太郎トマト 雑穀入りご飯 白湯50cc

9:00 お茶100cc 塩味饅頭1個
10:00 就寝
by ai-bannri | 2007-04-12 10:08 | 荒磯のうた

一日目 4月11日

高齢なのに母はめったにトイレに行かない。
カナダ旅行のときはバンクーバーまで一度も機内のトイレを利用しなかった。
長距離のドライブはそのあたりは平気である。
 それなのに!
夜中4時ごろ起きた気配がする。
トイレに行きたいという
昼は8時間は平気なのに夜は4時間かぁ・・

補聴器をはずしているので会話は一方通行だ。
無言で介添えをする。
肝心なところにもどこにも手すりが無いので介添えなしにはすまないのだ。
終わってもひとしきり独り言を言う
寝かせてくれ!

7時起床

母の朝ごはん AM8:00
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軽く焼いたトラウト鮭、ハムとチシャナのサラダ、雑穀入りのやわらかめご飯、ジャガイモとシメジと葱の味噌汁(だし雑魚入り)
ヨーグルト、キーウイとイチゴ、しょうが湯150cc

9:00 テラスよりのところにいすを置いて庭の作業をしているところを見てもらう。

10:00 お土産を持って大家さんに挨拶に行く。(イカナゴの釘煮)
 いろいろと話しかけてくれるが要領を得ない。
サツマイモと青菜をたくさん戴く
そのまま、車椅子に乗せて散歩、小学校あたりの桜がきれいだ
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毎日新聞を買って帰宅
家でとっている読売はお気に召さないようだ。
お茶80cc コーヒー150ccを飲む

昼ごはんはサンドイッチ、(中身は自家製チシャナと生協の無添加ハム、炒り卵)プチトマト、キーウイ、イチゴ 牛乳150cc

14:30 コーヒー牛乳150cc サラダせんべい2枚

15:30 お風呂、日当山温泉の家族湯「清武温泉」に行く。二人で400円
 車を止めるところから5,6歩歩けば湯殿の入り口だ。天然温泉掛け流しで個室だから母の面倒が十分に見られる。大浴場ではこうはいかない。髪も洗ってやった。
夕食の食材を買って帰る。

16:40 桜餅とお茶80cc

19:00 今日のご飯はすき焼、庭で取れた野菜は春菊と葱、大家さんにもらった青菜
  それに、きびなごの刺身をつけた。母は昔を思い出して感激しながら食べた。
 一人当たり10尾ほど。 白湯50cc
by ai-bannri | 2007-04-11 12:08 | 荒磯のうた

4月9日

次女の家の留守番と母の昼ごはん。
夜 兄と会食、梅田の

同じ敷地内に元気な大人が3人も居て同時に、それも予定を組んで用事があって留守番がいないと言うのは自分には考えられないことであるが人手が足りないと言うので、次女の家の留守番と実家のをかねることにする。
小学生の孫をお帰りなさいと迎えてすぐ車に乗せて実家に12:00
、6人の食事を済ませて今度は兄の孫も連れて次女の家に帰る。
子供たちは良く遊ぶのでなんにも面倒は見なくてすむ。
三女のマタニティドレスを縫ったり幼稚園の名札をつけたりしていたら甥の嫁さんが子供を迎えに来た。17:30


いったんは家に帰って駅まで送ってもらってビッグマンの前に行く
本来ならこれは甥の慰労会のはずだったのだけれど、甥の仕事は佳境にはいって徹夜に近い状態で働いている。夕刻にとてもいけないと連絡があった。兄にもキャンセルの電話をしたいところだけれど話しておきたいこともあるので土壇場でいうことにする

私が母を鹿児島に連れて行くことについて長女から、万が一のときに不測の事態になったら取り返しがつかないでしょうといわれていた。
そんなことは百も承知だけれど、承知のうえで決心したことなんだが兄に念を押しておくべぇ・・・

で、お互いになんも責めることはしないと分かりきった返事があった。
そんなことを気にしていたら車椅子使用でニュージーランドあたりまで行けないよな。
義姉の繰言については私が受ける以上の被害(?)があって、「おれは母親の面倒を見てもらっている手前何もいえないのだ」と言う。
だから何年も前から私がするから費用は出してと言っていたのにいざその場に直面したら出来ないものだ。
鹿児島の件については金も無いのにお前がどうするんだと言ったよな。
「がんこ」の料理も酒も美味しかった
ご馳走様

駅から1キロほどは歩いて帰って途中まで迎えに来てもらう。
軽い運動になったのか痛めた腰はちょっとはましだ。
by ai-bannri | 2007-04-10 07:37 | 荒磯のうた

4月10日

寝返りを打つたびに痛めたところが悲鳴を上げて目が覚める
7:00起床
8:30 実家に
旅行の準備があまり出来ていない
義姉が大騒ぎをしながら下着などをセットしてくれる。
この辺が私の理解の範疇を超えるところだ。
義妹に頼むとあらば準備万端整えて茶などは入れて待つところだろうが。
母の魔法瓶を今探して、妹に発見してもらってどうすんねん・・・・orz
母をともなって鹿児島にAM:9:00

9:25吹田IC
11:05 岡山県吉備SA
 チーズケーキとコーヒータイム
13:30 宮島SA
  お昼ごはん 私は和食のランチ。母はミニうどんとカキフライと私の分のおすそ分け
15:00防府の佐波川SA
 意識が朦朧としてきた(腰が痛くて)
 ちょっと休憩させてとパーキングの端に寄せてシートを倒し仮眠をとることにする。
耳の遠い母があたりの景色を見て桜がきれいだよとかここはどこだとか聞く
そんな休憩とちゃうねん・・・・寝せてくれ!
10分ほど仮眠

後はぼちぼち走って
20:00 霧島市の国分に到着

ハンズマンに立ち寄って母が使ういすを購入
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姿勢が落ち着けばなんとも無いが体制を変えたり、重いものを持ったりしたら私の身体が小さい悲鳴を上げる。
このいすも重い。
すぐに組み立てて夕食時に使用する

夜実家に電話、義姉がでる。
何も案ずることは無かったと私のいうことは一行ですむが、
歯の治療と虫歯のせいで頬が痛いのやら膿やら熱やら出た・・・・聞いていたら母の「誰もあらんかーー」と叫ぶ声。
ちょっと失礼と母のところに行き補聴器をはずしてしまってやる。
電話が途中ではもひとつ不満が残るだろうともう一度電話、
夫(私の兄)は毎晩遅い、何をしているのか分からんがというので、夕べは私のせいよと謝る。洗濯の干し方がどうの買い物の仕方がどうのと話は尽きないがこの辺も自分の世界を超えている。夫が自分のパンツを干してくれるなんて、めったに無いことやで・・・
なんてことを言って慰めると、機嫌を損ねて「もう寝ますから」と電話が切れた。
しまった!
慰めたことになってなかった・・・・ヲイ・・・orz
by ai-bannri | 2007-04-10 07:37 | 荒磯のうた

徳秀苑の桜」

去年まで月に2回ほど手入れのボランティアをしていた徳秀苑は所有者の都合などがあって1年前に作業は中止になった。
北摂の旧家が30年ほど前に造った庭園は、山ひとつの起伏を利用して見事なものだ。
およそ1000メートルほどのメーン道路は2車線ほどはたっぷりとした幅で荷物などあるときは来るまで山頂まで行ける。
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入り口からやや行ったところにはテニスコートも2面作られている。
男女別に造られたトイレも2箇所ある。
眺めの良いところには展望台が作られ散策に疲れたらあずまやで休めばいい。
山の中腹の建物には50人ぐらいのパーティは出来るほどの食器も準備されもちろん台所の什器も揃っている。
その前は広い芝生広場になっていて。桜や山坊子の木がぐるりと囲んで季節を彩っている。
春も秋もとりどりの花が咲き、小鳥たちは鳴き河内平野を見下ろす足元の虫たちもきれいに歌っていた。

バラ園もあって専門に手入れをする人がいた。
この庭を最も愛していた主が2年前に亡くなった。
徳秀苑の桜を待ち焦がれて枕元に届いたその日になくなった。

あととり娘もその前の年に病に倒れてむなしくなっていたから、残された家族はこの苑の管理まで心も回らないのだろうか。
このままもとの里山に戻すようなことを告げられていたが、今日たずねると道の両側は手入れされて荒れている様子もない。
思いがけないことでほっとしていると先に来ていた仲間が、バラ園もほかも足を踏み込めないほどになっているよと悲しそうな顔でいう。
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いつもたっぷりとした枝振りの桜が見られたのに、そこここを歩けば枯れた枝をはらった真新しい切り口のある桜の木が痛々しい。

なくなった人の3回忌で夫人をしのぼうと声を掛け合って、料理も持ち寄って花見の会をした。
2時間ほどは雑草を抜いたりの作業をして持ち寄った食べ物を並べてにぎやかなこと。
幼い子たちもたくさんきていて歓声が上がっていた。





不覚にも自分は折りたたみいすに足を取られて料理を盛った皿を持ったまま転んでしまった。
皿は無事だったが軽いぎっくり腰になったような気がする。
座っているときはなんともないが動けば痛い。

母を抱きかかえて車に乗せたり出来るんだろうか?
by ai-bannri | 2007-04-08 23:45 | 日記・あれこれ

桜通り

京都の亀岡との境の山竜王山の水を集めて流れる佐保側はふもと近くになると勝尾寺川もあわせて少したどると安威川に合流してやがては淀川に注ぐ。
この川は昭和の中ごろまでは街中を流れて天上川となり江口の手前で安威川に注いでいた。
たびたび氾濫して危険であったために今のようになり、もと川だったところは緑地にしたのだ。
およそ5キロほどの緑地公園はさまざまな花で彩られ、今の季節は1500本ほどのソメイヨシノが満開である。

三女の家に車を置いて公園の中を散歩しながらおよそ5キロの道を歩いて帰った。
あいにくの雨で気の毒なことだが今は桜祭りの最中なのだ。
今日は一日中雨だった。
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せっかくの雪洞も心なしか寂しい。
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良い天気の昼に来ればこんなきれいな花が迎えてくれる
(茨木市の公式サイトから)

桜祭りは10日ほど開催されて模擬店も作られて土日にはお茶の野点もある。
今年は明日(8日)まで。
by ai-bannri | 2007-04-08 02:09 | 日記・あれこれ

弁天さんの桜

次女の家に行く途中にある弁天宗の霊場冥応寺の桜が満開だ。
ちょっと寄って写真に撮る。
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参道の桜。
境内にはおよそ3000本の桜が植えられていて地元では弁天宗の聖地としてより桜の名所として親しまれている。
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もちろん境内の建物はとても立派で荘厳なものである。
弁天宗は奈良の五条の真言宗の寺、十輪寺の住職の妻であった智弁尊尼が昭和9年に弁才天の天啓を受けて起こったものである。
存命中は人々のあらゆる悩みに神示をあたえ、商売の先行きも指し示した。
商売の神といわれた、松下幸之助氏でさえ智弁尊尼の徳を慕ったという。
大阪の聖地は昭和29年に弁才天のお告げすぉ受けてここに作られた。
川端康成の同級生の笹川良一の寄進による・
8月8日は花火も盛大に打ち上げられて桔梗が丘は華やかに彩られる。
丘陵の続きには藍ちゃんもプレーしたゴルフ場がある。

弁天宗は仏教なのだろうか?
和歌山や奈良にある智弁高校などで学ぶと般若心経はそらで覚えるようだ。


冥応寺の他の写真は三宅さんのサイトから冥応寺(弁天さん)でご覧ください
by ai-bannri | 2007-04-07 00:38 | 日記・あれこれ

4月4日 雉縄手

夕べのご飯の残り物や卵焼きを入れて花見弁当もどきをつくり、母を連れて長女の新居に行く。
引越しの祝いを届けるついでに、天気がよければ桜のあるところに出向いて外で昼食にしようと思った。
天気予報ははずれて時ならぬ寒さと霧のような雨がいつまでも止まなかった。
あらかじめ暖かくしておいてくれた長女の部屋は心地よくてそこ居座って3時間ほどを過ごした。

もっと近い駅もあるけれど便利なので江坂には歩いても10分ほどでいつもは自転車を使っているという。
長女を産んだ産院はここから10分ほどのところにある、真新しい戸籍謄本を見せてもらう。
生まれたところに帰ってきたね。と自分にしか分からない思い出にほんの少し浸ってみた。

昔、淀の流れは今の茨田のあたりで大和川が合流したびたび氾濫して架けられた橋はたびたび洪水で流された。
鳥飼大橋も「とりかえ」が変わったとか聞いたことがある。
長柄の橋は特にもろくてあるとき橋杭の下に人柱を沈めて神への供えにしようということになった。
ありきたりな物語なら見目麗しい乙女が犠牲になるだろうがこんなところに話し合いが出てくる。
近在のおとなたちの話し合いでこの仲で「はかまに接ぎのあるものにしよう」ということになった。
一同が身に着けているはかまを見ると、なんと言いだしっぺの長者のはかまに接ぎがあった。
人柱になった長者には年頃の娘がいた。
父親が長柄の橋の供えになった後娘はものをいわなくなった。
ものはいわずとも聞こえた美人なので河内の国の長者のもとに嫁ぐことになった。
あまりにもかたくなに口を利かない新妻に心を開かないとみたか、離縁して摂津に送り返すことになった。

行列が竹邑のそばを通ったときの雉の鳴く声がした。
娘の籠の近くにいた婿は矢を番えるとその雉を射殺した。
長く口を閉ざしていた花嫁が
「ものいわじ、父は長柄の人柱、鳴かずば雉も撃たれざらまし」と詠んだ。
婿は妻の心のうちを汲み哀れと思ったかともに暮らしたという・

キジも鳴かずば撃たれまいの語源になっている雉縄手は阪急千里山線の豊津駅付近。
人柱になった長者は阪急電車の崇禅寺のあたりにいた。

帰り、千里山から流れる天上川の土手伝いに走れば桜並木が見ごろで気づいた母が声を上げて喜んでくれた。
by ai-bannri | 2007-04-05 01:51 | 日記・あれこれ

4月3日

今日も次女の家で留守番。
次女は近くにあるスポーツクラブで受付業務のバイトをしている。去年ま夜の10時から2時までの深夜のバイトだったけれど、朝食の支度がつらいのと子供もやや大きくなったので昼のシフトに変えた。
春休みは学校も幼稚園も休みなので目の離せない男の子の見張り役がいるのだ。

スイミングのインストラクターの訓練もしていて来年あたりはおば様相手の水泳のコーチになると言っている。
子供のときはまったく勉強には関心がなくて親の私をイライラさせたけれど、欲と二人連れなら学習意欲も湧くらしい。
いい気なもんだと思うが反対よりはマシだ。
学業が優秀で社会生活はまるでだめなのはいくらでもいると自らを慰めている。

今日は昼ごはんは塩ラーメンにしてとのお達しなので野菜をたっぷり入れてスープは別のなべで作ってみる。サッポロ一番ではあるが。

子供たちが学校と幼稚園に持っていく雑巾を縫う。
スポーツクラブで着用するタンクトップの襟のバイアステープが外れているのを修繕する。
バイト仲間の共有らしいが直してみるわと持ち帰っていたという。
よくやるよ、出来ないくせに。

天気は良いので庭の菜っ葉を引き抜いて耕しておく、
鹿児島に帰る前に夏野菜を植えるつもり

次女はジャガイモを買って帰った。
みんなでコロッケを作る。
いろんな形で面白いけれど、中味がジャガイモかかぼちゃかカレーかは分からなくなったじゃないの?。

マンションの近くの池のほとりの桜が満開だから見て帰ってねと声をかけられてそこを回って帰る。

長女と兄と甥に電話連絡をする。
明日と金曜日の約束を取り付ける。
by ai-bannri | 2007-04-03 23:52 | 日記・あれこれ

留守番

去年の終わりごろ、次女の家をたずねた時に、「ちょっとまってね」と、可愛いこえがして、程なく鍵を開けてくれたのは4歳の孫だった。
ブロックが入っている大きなバケツを踏み台にして大人の背ほどの高さのところにある鍵を開けてくれた。
まぁ、賢いこと、よく工夫したねと単純に喜んで褒めた。
まもなく帰ってきた次女にその話をすると、大いに落胆して、もう少しも目が離せないと情けない声を出す。
マンションの前の道は激しい交通量はないけれど危ないことには変わりない。
むかいの公園で聞き覚えのある声がすると出て行きたがる。
「右も左も見ずに飛び出すから危ないったらないのよ。
上の鍵は開けられないと思っていたのに。」

そんなことがあって子達を置いて出かけるときは妹の家に預けに行くか、留守番を頼んでくる。
今日は9時半に次女の家に着いた。


昨日の新聞に載っていた鶏もも肉と春キャベツのスープを作る。
鶏肉を一口大に切り塩をもみこんで5分ほど置く。
それをフライパンでカリカリになるほどに炒めてにんにくや土しょうがの刻んだのも加えて炒める。
煮込み用のなべにそれを移し、ざくざくと切った春キャベツもざっと炒めて加え水3カップ、日本酒1カップで煮込む。
味見をして塩のあんばいをみる。
ほとんど出来上がったスープ半分をシャトルシェフに移して、子供たちを連れてなべを抱えて、実家に向かう。11時30分。

母の昼ごはんは実家の冷蔵庫で残り物を探してみる。
この家は昨日はホワイトシチューだったみたい。
なべに移して、うどんを一玉加えて暖めて4つに分けて小鉢に盛る。
あと、ぶりの味噌煮と菊菜のおひたしもあったのでその二つを微塵に切って暖めたご飯に乗せた。
野菜の嫌いな男の子は納豆ご飯。

母にはお味噌汁も足したけれど、シチューは手付かずに残した。
その理由が、「昨日も食べた、あんまり美味しくなかった」
・・・・・ヲイヲイ・・・・・Orz

今日は母の用事でダイエーに買い物に行く約束になっていた。
とても3人の面倒は見切れないので、次女と合流することになっていた。
母は自分が足手まといになるとはちっとも思っていないので、早く行こうとせかす。
2子がまだ用事でこれないから待って、というけれど10分おきに「もうこんな時間や」と独り言。

以前、食材を日曜ごとに母が買出しに行く頃はダイエーではちょっとした有名人だった。
見るからに90歳なので目立つのだ。
2年ほど月日がたつとパートさんたちも入れ替わっているのか声をかけてくれる従業員の方もいない。

コーヒーの砂糖や蜂蜜などと自分もちゃっかりと肉などをかごに入れて子達の菓子も合わせて買い求め、大騒動のショッピングだった。
オデッセイに乗せるのひと苦労だったな。
高齢者を乗せるのは低い車のほうがいいわ。

店の中は4歳の孫も放し飼いに出来るけれど、駐車場や道を横切るときは嫌がる子の手を固く握り締めて離さない。


世の中の母親は、なべてこれぐらい神経質なのだ。
それなのに、今日耳にしたニュースに両親がパチンコに出かけている留守に4歳の子がベランダから落ちて死んだとあった。
毎年のように耳にするよ。
いい加減にして欲しい。

注文したお米の配達に間に合うようにと帰宅
17:20

「春キャベツ、とても美味しかった。もうほとんどないわ」と次女からメール。
できばえを案じていたので一安心。
実家の義姉も気に入ってくれるかしら。
by ai-bannri | 2007-04-03 00:29 | 日記・あれこれ