神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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<   2006年 03月 ( 20 )   > この月の画像一覧

白毫寺

都が奈良ににあった頃は寺々の隆盛いかばかりであっただろうか。
もっとも桓武天皇は奈良仏教のでしゃばりは煩かったんだろうとおもう。
置き去りにされたものが寂れるのは仕方が無い
大仏を抱く東大寺や藤原氏の菩提寺の興福寺などは例外だろう
若草山の並びの高円山の中腹辺りに差し掛かって民家の中を通って長い参道を登り、立ち止まって振り返ると奈良盆地の眺めがすばらしい。
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白毫寺も由緒は古いが度重なる戦火や見るひともいないために打ち寂れていたのを寛永年間(関が原の戦いの年ぐらい後)に興福寺の僧が復興した
そのときに興福寺にあった珍しい椿を移植している






少し立ち上がったところで幹は二つに分かれている
色の違う花が咲く
五色椿と呼ばれているd0038294_22431017.jpg



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日曜日ともあってこの椿を写生しているひとが何人か見られた。

本堂の前からは奈良盆地を借景にしてみごとな展望が開けている

ここは万葉集に
「をみなへし、秋萩しのぎ、さを鹿の、露別け鳴かむ、高圓(たかまと)の野ぞ」=大伴の家持
と歌われているように萩の寺でもある
秋の盛りの頃もう一度尋ねてみたい
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by ai-bannri | 2006-03-29 23:03 | 旅行

般若寺

d0038294_2241030.jpg奈良の東大寺転害門(てがいもん)の前を通って柳生街道に行く道を少し走り道をそれて民家の中の細い道を行くと般若時がある
境内は案外広い。
コスモスの寺として知られているが、あまり整理はされていず冬の終わりの今は黄色い水仙を植えたプランターがおびただしく置かれてある。

コスモスはどのあたりに咲くのですか?と問うと
「あぁ、土のあるところはどこにでも咲きますよ」と返事があった

花の好きな家の主が思いつくままに植えたようにさまざまな木や花がある


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本堂の屋根に差し掛かるさくらのつぼみは充分に膨らんであすか明後日にはさくだろう











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楼門のあたりには姫こぶしやロウバイ、土佐みずき、などの花が咲いていた
by ai-bannri | 2006-03-27 22:14 | 旅行

岩船寺

岩船寺は行基菩薩の開基と伝えられるから相当に古いものだ
花の寺のパンフレットに代表的な花はアジサイとある
境内には紅葉の樹が多く秋には周りの杉や松の木に対比して美しいだろうが今は何があるんだろうと見回すと珍しい紅のミツマタの花が見えたd0038294_1616947.jpg



隣に白い花を付けているものもある
本堂に入って本尊の阿弥陀如来を拝む
人のよさそうな住職がいて寺の由来や、死者の霊の弔い方などいろいろ話されるのを聞く
この阿弥陀如来はケヤキの一本彫りだという。
巨大なケヤキがあったものだ
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本堂を出て裏のほうへ回ると三重塔への道がある今は新芽すらも見えないが6月ごろにはおびただしいアジサイが咲くようだ



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6月にはこんな風になる
by ai-bannri | 2006-03-27 16:35 | 旅行

3月26日―花の寺

2年前の西国巡礼は無事に満願も済ましたので・・・
笈摺は義母の旅立ちに使った・・・
今年は花の寺を回りましょうと、その1回目を今日に約束していた
それぞれの寺の代表的な花を目指していけば春の盛りと秋に集中していかなければならない。
旬の花をみるのは諦めましょうとまずは比較的近いところにする

名神を山崎まで走り宇治に出て京奈和有料道路を通って奈良の手前の木津辺りまで行く。
新しい道はカーナビは不得手と見えてちんぷんかんぷんな案内をする
いえいえ・・・カーナビが古いのです。

d0038294_23265633.jpg浄瑠璃寺は9体の阿弥陀如来が安置されている
大きさは同じくらいだがお顔が微妙に異なって、また見る角度によっても表情が変わる
巡礼らしき人が正座して一心に拝んでいた。




d0038294_2328353.jpg今は春の彼岸なので秘仏の吉祥天女のお像も開帳されていた
作られた当時は極彩色が施されていたであろうと思われる。
かすかに色が名残をとどめている
ここの花はなんだろうか、もう、ず~っと前に何かの読み物で境内の池に咲く蓮の花のことを読んだような記憶もあるが、今眺めるその池には枯れた蓮の茎すらも見えない。
田舎道から山門に入るみちの右手に人の丈よりも高い馬酔木の並木があった。
鈴のような白い花をびっしりとつけているd0038294_23364263.jpg


左手の土手の上にはこのあたりの農家のものか赤や白の梅の花が満開だ。


門前には観光客相手の店がある。
昔あった無人店舗の名残がなつかしい、野菜などを袋に入れてぶら下げてあるd0038294_2341033.jpg
by ai-bannri | 2006-03-26 23:41 | 旅行

3月24日―釘煮

このあたりの大きなショッピングセンターの隣にある寄り合い所帯のショッピングモールは、最近パットしないなと思っていたら1週間ほどかけて改装し名前も変えて新装開店した。
明日の山の作業の賄い食のための材料を買いにそこに行ったら、イカナゴが出ていた。

先日買ったものは鮮度が悪くておまけに炊き方もいまひとつで不出来だった。
昨年まではいちどきに5キロほど買って徹夜で仕上げたりした。
もうそんなことはしない。
1キロかって帰る。売り出し特価で850円d0038294_22564215.jpg




煮汁が見えなくなるまで強火で炊く。
穴を開けたアルミホイルを落とし蓋代わりにするのを忘れずにやろう。

イカナゴの形は不ぞろいで妙にでかいのもあったがまずは首尾よくいった。




かねてから約束の人に和三盆の干菓子を添えて作務衣を送る
by ai-bannri | 2006-03-26 22:57 | 日記・あれこれ

3月21日-黄色い水仙

d0038294_22451554.jpg昨日、京都の市場で見つけた桜の花を持って墓参りに行く。
暮以来なので、三月も経つ
朝のうちに行くつもりだったのにWBC(ワールド ベースボール クラシック)の決勝戦が気になって動けない。
日本の選手の感動的な勝ちっぷりを見てからにする。

彼岸も今日は中日なので、花が古いのはうちだけだろうなぁ、と思いつつ、
来れない訳ではなかったんだけれどゴメンねと心のうちで謝りながら墓地へ行くと。
やっぱりそうだ。
姉の墓だけが寂しげにかれてしまった正月の飾りがそのままに。

それでも3年前に植えた水仙が黄色い花をいくつもつけていた。
土や肥料の所為だろうかとても丈が低い
目立たなくて良いかも知れないが・・。

あさってあたりは雨なら良いなぁと墓参りのときはいつも思う
今供えたこの花のために。
by ai-bannri | 2006-03-22 02:06 | 荒磯のうた

3月20日-市場の桜

着物のリサイクルショップが駅の近くにあってずいぶん重宝していた。
古着だけでなく新品も仕入れてきて格安に販売していた。
7年ほどやってきたという。
それが、去年の秋に閉店した。
体調も思わしくないからというが
あまり儲からなかったのかもしれない。
月に一度着物を着て京都で食事をする会を作ってくれていたので日にちがあけば参加していた。
お店は閉めてもこれは続けましょうといってくれて何度かあったのだが昨年来の家の都合で先月まではいけなかった。

錦市場の近くに最近出来たイタリアンの店というので、イタリアで食べられなかったイタリア料理を京都で食べましょうと出かけた、
ビストロ・ミューという店だ

なんだか聞いたことがあるなぁ・・・とおもっていたら
d0038294_1515742.jpg昨日ぼんやり見ていたテレビ番組に紹介されていた。
どの局か覚えていないけれど。

「本日のメインディッシュ」のシチューの肉は良く煮込んで添えられた箸でつまむと柔らかくほぐれる。
かの国で食べた18ユーロのランチに比べたら2625円の本日のランチは格段に美味しい。

d0038294_22414913.jpg錦市場をぶらりと歩いて明日持っていく花を買う。
季節にはまだ早いだろうに、これも温室で栽培されたのか、5分咲きの小さな花をびっしりとつけた慶応桜を求める
「京都は庭みたいなものだから」と先立って歩いた会員の案内に惑わされて三条京阪と烏丸ぐらいをさんざんに歩いて食後の運動にはちょうど良いいっときだった。
by ai-bannri | 2006-03-22 01:52 | 日記・あれこれ

わすれな草

覚えているうちに・・・・
3月17日
次女がインフルエンザになった。
卒園式だというのに。
式場には一人しか入れないので長男がビデオカメラを持って入り自分は控え室でモニターを見る。
平日だというのにお父さんたちの出席も多く、もっとも式場に入るのは母親で。彼らは小さな椅子に腰をかけてモニターを見ていた。
ここの幼稚園は浄土真宗西本願寺派の寺が経営するもので式典にも宗教色が出ている。

感動的な式だった

3月18日
かなり前に何かの時には役に立つからと甥の嫁にプレゼントした、訪問着を着るというので、半襟などの小物も預けてあった。
友達の着付けも手伝ってといわれていたので7時ごろ家を出て実家に向かう。
雨模様だったので雨コートも念のために。
寸法が彼女に合わせたようにぴったりだ。
多分これも彼女のものになるだろう。

その後友人のMさんと待ち合わせて山崎の美術館に行く

よもやまの話をする

3月19日
本来ならば家族中で琵琶湖バレイにスキーの予定だったが次女一家の健康状態で中止
まだ、残っていた山菜を使って天麩羅にする
少し分けてお隣へ、
毎年のことなので
「まだかまだかと噂していた」といわれる。
by ai-bannri | 2006-03-22 01:29 | 日記・あれこれ

3月16日―春の頼り

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昨年都会の生活を切り上げて一人暮らす母堂のために帰郷した友から春の便り。
去年までは信州に近い山々をめぐって山菜を積んでは「食べきれないから」と送ってくれた。
もうこれからはこんな美味しい思いをすることは出来ないのねと寂しい思いに浸ってから1年も経つ。

山歩きの好きな人はそこに山があれば親しんでその恵みを分けてもらうんだろうか。
帰郷に供えてあらかじめ仕込んだと聞いた椎茸も幾葉か混ざっていた。
みかんも。

あなたが遠くになってわたしはいくらか寂しいけれど
貴方が近くにいて幸せな人の顔が見えるなら
それでわたしも嬉しいと思う。

ありあわせの野菜を足して天麩羅にする
風邪を引いた次女のために鶏の唐揚げとともに重箱につめて運ぶ

外はしとどに降り注ぐみぞれまじりの雨
by ai-bannri | 2006-03-16 18:10 | 日記・あれこれ

余計なお世話

人は良く孫は「子よりかわいい」という
そうだろうか
自分は子より可愛いと思ったことは一度も無い
「愛しい子」が産んだ子だから可愛いとおもう。

娘達の夫はいづれも娘を大切にしてくれて、身を粉にして良く働いてくれる。
家計は楽でないときはままあるが娘達がやりくりをすれば良いような程度だ。
贅沢を言いつのるようには育てた覚えも無い。

今はそうだ

一人の夫は最初は高い収入で自分はそれを怪しいと思った。
並の人が出かける時間に訪ねると今起きたばかりというのはおかしいではないか。
社会保険料は何も給料から天引きされないのも不安だった。
良く働いたが第一子が生まれたときに2,3日休んで分娩に付き添ったり郷里から祝いにやってきた親の接待をしたのが雇い主の気に入らなくて仕事場にいづらくなったようだ。

正直で人が良いので営業職は向かないと思ったが彼が探すのはスーツを着て働く営業職ばかりだった。
アルマーニなどのカジュアルな服は持っていても人前に出るようなものの持ち合わせが無いので何着か提供した。
1年の間に3回も職を転じたのでかなりきついことを言った
住宅ローンを支払うといくらも残らないと嘆く子に
日々の買い物を支払ってやる程度でお茶は濁せない。
娘が見つけた張り紙で中堅のスーパーの正社員になってたちまち信頼されて収入も安定した。
飛び込みの営業などできるわけは無かったのだ、

今はとても感謝している。
ところがあの頃のさまざまな軋轢はすべて忘れて私が言った「きつい言葉」だけが独り歩きしている。

近くに住んで我が子の窮状を見てそ知らぬ顔ができるほど人間の出来はよくない。
また、あんなことになったら、何度でも同じことをいうとおもう

余計なお世話だといわれても
貴方を産んだ覚えがあるもの

それでも会いに行くのはやめた
知らずに済めば幸せなこともある。
by ai-bannri | 2006-03-16 02:58 | 日記・あれこれ