神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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イタリア紀行ー水の都

ベニスの名はシェークスピアの名作で小さいときから知っていたけれど町の規模があんなに大きいとは思っていなかった。d0038294_1802924.jpg

浅瀬に松の木の杭を立てて砂や石を沈め土地を作りそのうえに街をの作り上げた。
住むためには困難な湿地帯は守るためには好都合で島の周りの海は防御の堀の役目をしたのだろう。
7世紀には共和国の制度を敷き近隣諸国との交易はやがてマルコポーロのようにはるか東洋の国まで広がってゆく。
一時は地中海きっての海軍国ともなったがオスマントルコの巨大化やナポレオンの侵攻などで国力にかげりが見られ他国に支配されるところとなり1866年にはイタリア王国に編入された。
明治維新の少し前だ。

ベニスの現地ガイは博学で日本の歴史にも詳しいd0038294_1325235.jpg




写真は塔の上から見下ろすサンマルコ寺院の屋根
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by ai-bannri | 2006-02-28 17:55 | 旅行
旅の3日目はミラノを後にベネチアに行く
朝食はバイキング風私がチョイスしたのはパンと牛乳、ヨーグルト、ハム、チーズ、卵、フルーツミックス、カプチーノ。
アンバランスに食べ過ぎたよう。
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ベネチアに行く途中ベローナに寄った。
ここはロミオとジュリエットの家があるところとして有名だ。
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架空の人物じゃないの?と思うのだけれど、イタリアの勢力が皇帝と法王に別れていがみ合っていた頃に、似た様な話があっていくつか物語りは出来ていたらしい。
文豪によって世界に紹介されたわけだ。

d0038294_1732093.jpg蔦の絡まる家の中庭にはジュリエッタの像がある。右胸をなでれば愛しい人と結ばれるとあって方胸ばかりが光っている。
生身の女性ならクレームがつくだろう。


家の壁は落書きだらけだ。書けば良いことがあるらしい。d0038294_1773968.jpg
以前は達筆の日本語があったらしいが塗りなおされてその上もご覧のとおり

この町は12世紀に大地震があってその後に建てられた家々が残されている(わぉ)
町の写真を見ると屋根などは同じ色で彩られ美しい・・・ベローナだけではないが。
しかも一部壊れてはいるが古代ローマ時代の競技場(アレーナ)がある。
コロッセオよりは小さいが夏にはアイーダなどの野外オペラが催される。
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ベネチアが近いだけあってベネチアの隆盛時には支配されていたらしい。イタリアに統合されたのは1866年
おもな産業はロジスティックだといっていた。
町の中は大理石の石畳が敷き詰められ中にアンモナイトの化石も見える
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by ai-bannri | 2006-02-28 03:52 | 旅行
ビットリオエマヌエル2世ガッレリア・アーケードの名店でおみやげを買えたら良いのだけれど、連れて行かれたところは日本語を話す定員のほうが多いブランドショップだった。
兄はグッチのネクタイを土産に買おうとしたが、甥に好みを聞くためにかけた携帯電話の操作を私が間違って繋がらず、ここで買うのは止めた。
そのあとオプションツアーを申し込んだメンバーはバスに乗って1時間ほど走りアルプスの麓にあるコモ湖に向かう。
フリーの人たちはきっと「最後の晩餐」を見に行ったんだろうなぁ
OPの申し込みのときに、雨だと分かっていたらフリーにしたのに・・・・・。


もとアルファロメオの工場跡に建つ見本市会場の横を通ると田園光景が続いてゆく
現地ガイドの女性はイタリア生活14年と年季が入っていていろんな事情に詳しい。
兄は前の席でイタリアの教育事情を矢継ぎ早に質問していく。
義務教育は小学校5年、中学校3年で授業は午前中でみんな家で家族揃って昼ごはんを食べるらしい。
子供たちは家族と要る時間がとても長い。
税金も高く社会保険は強制徴収で給料の手取りは半分ぐらいになるらしい。
おまけに消費税は12%の内税で(食品などは低い)当然物価は高い。
必ずしも暮らしやすい国ではありません、と


バチカン市国を中に持つイタリアは密入国者にも寛容で、近隣の国から多いときは一時に千人もの人が入ってくるという。
ジプシーも多く、物乞いや泥棒を本業にしている人もいる。

アルプス山脈の氷河によって作られた湖は天気がよければ山脈を湖面に映してさぞかし美しいだろう。
雨は霧雨のようになったものの湖畔の景色はしっとりと霞がかかっている。
それでも観光船に乗り有名人の別荘を眺める
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今は市の所有になっているが大富豪メジチ家やリチャードジノリ、歌手のミルバ、ソフィアローレンの別荘もあった。
今は高級ホテルになっているがローマ法王が作ったものは18ホールのゴルフ場まである(ヴィラ・デステ)
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綺麗で豊富な水を利用して絹織物は昔から盛んに行われていた。
今もブランド品が生産されているという。
その工場が規格外品を売っている店に連れて行ってもらった。
娘達にスカーフを何枚か買い求めた。
by ai-bannri | 2006-02-28 03:39 | 旅行
言葉が通じないからと言って海外旅行は出来ないわけではない。
あの棚の右から2番目のバッグを見せてください、などとイタリア語で告げる必要など無いのだ。
指差せば事足りる・・・・・と思う・・・・。
団体旅行には添乗員がつくし、観光地は現地ガイドも通訳もつく。
それでも「ボンジョール」や「イクシーズ」「チャオ」などがすらっと出れば人の良いイタリア人の笑顔を見ることが出来る。
物を注文するときは私のブロークンな英語が通じた。
兄に言わすと「過去も未来も現在も無い、派手に壊れた英語」らしい。

d0038294_16423074.jpgミラノの昼食は狭いレストランでリゾットとミラノ風カツレツとプリンのようなデザートだった。
飲み物は日本語のメニューを見て注文したd0038294_16425450.jpg
ビールは350の缶が3ユーロで、水はペットボトル500ccが2ユーロで、比べてワインはどこでも安かった。



しかも、美味しかった。
昼も夜もワインを飲んだ。
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by ai-bannri | 2006-02-27 16:44 | 旅行
ヨーロッパの朝食はパンとコーヒーのような飲み物だけだと聞いていたし、期待もしていなかったけれどフランスパンとは一味違う「イタリアパン」のほかに菓子パンのようなもの、オートミールや、チーズハム、飲み物も何種類かあって、フレッシュジュースは美味しかった。
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外に出ると二日ほど前に雪だったのかあちこちにかき集められた小山が見える





バスに乗り「ドォオモ」とスフォルツェスコ城」の見学に。
車窓からミラノの住宅群を見てやがて街の中に入っていく。
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あの変な広告はなんだろ?







ヴィスコンテイ家の居城として建てられた城をミラノ公フランチェスコスフォルツァが改築レオナルド・ダ・ヴィンチらも参加して1466年に完成させた。
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この日は美術館は休館日で見ることはせき無かったが、ミケランジェロが亡くなる3日前まで彫り続けた「ロンダニーニのピエタ」は有名で、写真を見ると後からバチカンで見たピエタと比べるとすべてをそぎ落とした簡素な中にマリアの悲しみの色を見る。飛騨にある円空仏のような・・・d0038294_0485457.jpg


大阪市はミラノと姉妹都市なので昨年はこの城で薪能が催されたらしい。

壁面にある多くの彫刻は能舞台の良い演出となったであろうか



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下はバチカン・サン・ピエトロ寺院のピエタ



d0038294_1551157.jpg少し歩いて世界で一番古いアーケードを見る。
路面のモザイクと天上のステンドグラスがすばらしい。
マクドナルドのMのマークだって黒だ。d0038294_15513964.jpg






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アーケードの入り口あたりは広場になっていて、それに面してオペラの殿堂「スカラ座」がある。
建築当時はハプスプルグ家のマリアテレジアの支配の下にあったため外観は遠慮して質素であるが、内部は贅を尽くしているらしい。
世界の著名なオペラの初演が行われる。
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広場には異才の人ダ・ヴィンチの像がある
少し低いところにあるのは彼の弟子






14世紀の後半から19世紀後半まで実に500年もかけて作られたドゥモォは今また修復中で正面には工事用のテントが張られていたが135本もの尖塔を持つゴチック建築の建物は圧倒される。燃え盛る炎を表しているというd0038294_0252084.jpg




教会は女性は帽子を取らなくとも良いが男性は被ったままではだめだ。
それに、日本人観光客の中には若いお嬢さんもいて、膝上の短いスカートでの入場は断られていた。ぴっちりとしたタイツははいていたけれど・・・。
神様はミニスカートはお気に召さないようだ。

フラッシュをたかなければ写真はいくらでも写せるのだが、いかんせん、腕が未熟で見事なステンドグラスの描写は失敗だった。
床にはここにはかつてここの司祭であった人の墓を表すモザイクがあった。


いくつも、いくつも

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我々は、高潔な人の墓の上を歩き回っていることになる
by ai-bannri | 2006-02-26 01:06 | 旅行

イタリア紀行ー青い空

2月14日はバレンタインデーだけれど、チョコレートは多分みやげに持って帰るわと言い残して機上の人になった。

 12時45分発の飛行機に乗るのに10;30には関空に到着するように、しからば兄の家には8;30ぐらいには着かねば、ということで早々と家を出る。
忘れ物は無いか、パスポートは持ったか、薬は?と念を押されて母親にくどくどと注意される子供の感覚になった・・・・。
空港内のボーダフォンのショップで変圧器を貸してくれるからと知恵をつけられていたので、両替の後それを借りに行く。
出発時のユーロ/円は142円位か。


窓からのぞく外の景色は穢れを知らない真っ白な雲だ。その上に真っ青な空がある
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ロシア上空を長時間飛んで北欧との境目辺りだろうか雲間が切れて島々や海らしき景色も見えてきた。良い天気が続くことを天空の神に願うd0038294_23532717.jpg



パリのドゴール空港で乗り継いでミラノを目指す
乗り継ぎの飛行機は小型のためか上空に上がると耳が痛い
中耳炎などかかったことは無いが、さだめしこんな痛みなんだろうか、ミラノに降り立つまで和らぐことなく地上におりたら嘘のように消えた。


バスでLEONARDO DA VINCI ホテルへ
バスタブに湯を張って体を沈めて疲れを取る
by ai-bannri | 2006-02-25 23:47 | 旅行

2月14日-旅立ち

旅行は大好きだけれど、海外旅行はあまり縁がない、日にちとお金がかかりすぎる。
子供たちがみんな自立したらと思っていたらそうはさせじと足踏みしている。
兄の職場の旅行好きな人が何人かで海外に行っている、
一人足りないからどうだといわれて断る理由など無い
打ち合わせに2度もイタリアレストランに行った

ところが

そのうちの一人が旅行前に健康診断をしたらドクターストップがかかったらしい。
3日前のキャンセルだ。
イタリアには4度も行って一番詳しい人でひそかに頼りにしていたのに・・・・
やっぱり一人足りなくなった。

かの国は世界遺産に満ち満ちているが、けっこう危ないこともあるらしい
あんなことも、こんなこともといわれると楽しみ半減。

スケジュール
1日目 関空発→パリ経由ミラノ
2日目 ミラノ
3日目 ミラノからベローナ→ベニス
4日目 ベニス
5日目 ベニス→ラベンナ→サンマリノ→フィレンツェ
6日目 フィレンツェ
7日目 フィレンツェ
8日目 フィレンツェからアッシジ→ローマ
9日目 ローマ
10日目 ローマからパリ経由大阪へ
11日目関空着は9:10
飛行機はエールフランス

写真をここにUPできるのは24日か25日。

オリンピックで沸き立つ国にいざ行かん。
by ai-bannri | 2006-02-14 05:03 | 旅行

初めて携帯から

機械音痴だけど携帯から投稿してみる

海外旅行のために機種変更をした
今までだって、機能の半分も使い切れていなかったのだけれど・・・・
驚くほどいろいろ出来る。
カメラの画素数もアップして6年前に買ったデジカメよりも良い。
音楽も大量に取り込める。
お財布にだってなるのだ


多分十分の一も使いこなせないだろう
by ai-bannri | 2006-02-13 02:47

2月10日-餞別

海外旅行に行くのに懐が寒いのは気の毒と長女が餞別を持っていくという。
どうせ、買い物はみやげのチョコレートか安いワインなんだから費用もそんなにかからないのだけれど、有難い。
晩御飯は和食が良いわというのでありきたりの食材を買いに行ったら、生の穴子があった。
みりんを入れたタレで甘く炊いてそれをネタに手巻き寿司を作る。
穴子が嫌いな息子には、シーチキンと納豆でリーズナブル。
あと野菜の煮つけと、白和え、お味噌汁


10年以上も前に契約した年金保険を「とっても良い商品」に切り替えろと保険会社に言われてパンフレットを持ってきた。
切り替えというのは、今あるものを解約して、新たに契約を結ぶのだ。
10年経てば掛け金も高くなるし第一あの頃とは予定利率が格段に低い。
もう、あの頃のような美味しい年金保険は2度と出ないと思っているの。
病気などの不安があるのなら共済保険に入るようにと念をおす。
by ai-bannri | 2006-02-13 02:02 | 日記・あれこれ

2月9日-甥の一家

昼前に次女がスキーウエアを取りに来た。
自分達が行くのかと聞けば甥の一家が行くので貸してあげるという。
兄の長男一家と次女は仲が良い。甥の妻は年は7つ上だけれどそんなことは構わずに次女と付き合ってくれる。
持って行く暇が無いなら代わりに言ってあげるよと実家に行く。

本来なら母屋に寄って、母に表敬訪問をして義姉のご機嫌を伺うところだが、パスした。

ちょっと気分ではなかった・

甥の妻は自分の子供のために参加した「らぼ」が気に入って研修を受けてチューターになった。
自分の家を会場にしているが会員は甥の子二人と次女の子二人、近所の子3人とこじんまりとしたものだ。
ラボパーティのことは良くわからないので兄夫婦もちょっと警戒していて嫁の仕事に邪魔はしないが協力もしない。
今日は会の様子や今後のことなどをいろいろ聞いたが頑張ってというほかは無い。


来月の卒園式にはあの着物を着ていくという
何年か前に、行が少し足りなくて着られない訪問着をこの子にあげた。
いまどきちょっと珍しいのだが卒園式は着物の親が多いという。
関大の付属は昔風なんだろうか。
小物とぞうりを持っていった。まだ一月ほどあるけれど。

もっと気安く着物を着てくれたら嬉しい。

この家に外国の子供がホームステイに来たときのために簡単なお茶の作法も手ほどきしたい。
by ai-bannri | 2006-02-13 01:50 | 日記・あれこれ