神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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角倉了以と山県有朋

d0038294_2230330.jpg角倉了以は運河開削の一人者として知られている。
幅8メートルほどの浅い川を掘って伏見から物資を都へ運び入れた。
また嵐山のあたりのから亀岡までの保津川を舟が下れるようにして丹波の物資はおろか来た前舟が運ぶ海産物も運び込んだ。
開削工事はおおむね了以の自前の費用で行われて徴収した通行料は幕府にも上納されていたらしい。(写真は秋の渡月橋)
高瀬川や、大堰川(おおいがわ=保津川)の開削を行ったのは今から400年ほど昔の話だからいかにその見識が優れていたか知るべしだろう。
二条の舟入のあたりは了以の屋敷が建てられていた。d0038294_2233194.jpg
加茂川から分けられた水は屋敷の中に泉水を作り池を潤し川となって南に下る。
この屋敷は明治になると山県有朋の別邸「第二無隣庵」隣更に日銀や首相別邸を経て今はがんこ二条苑としての食事どころとなっている。
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了以は庭の造作の指図もしたのだろうか街中にあるのが信じられないほどの庭だ
加茂川からの水の取り入れ口の風情も良い

ところで無隣庵といえば蹴上のあたりに琵琶湖から引き入れた疎水を庭に流し風流な庭園を造っているところがある。
そちらのほうが有名だ。
山県有朋は80歳の余も生きて最後には老醜をさらしたといわれているが、無隣庵という名は好きだったのだろうか。
機会があれば秋の蹴上も散策したい

がんこ二条苑で昼懐石を食べる。2800円
京都料理にあこがれる人が満足するようなものではないがくつろいで食べられる
卓上の小さなコンロで作りながら食べる豆腐もついていた
by ai-bannri | 2005-11-30 22:37 | 旅行

11月30日ー京都の秋

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情報を貰った真如堂は一昨年秋の盛りに行ったことがある
大きな行事が行われていて参拝客が多かったことをうっすらと覚えている

隣の夫人と軽い朝の挨拶に、真如堂に行きたいのというと、
「一緒に行こうよ」と乗ってきた。
一人ならば阪急電車で行きバスに乗り換え京大のあたりから歩くつもりだったけれど、
糺の森も見ようというので車を出す。
混雑を避けて京都東のインターまで走り山科から蹴上を経て岡崎のあたりを過ぎて吉田山にある真如堂(真正極楽寺)へ行く
『真如堂の参拝は車は遠慮して』の看板を尻目に境内に入っていくと、人のよさそうな男性が手招きをして駐車場所を示してくれる。
彼曰く「もう盛りは過ぎているよ」
それでも木々は赤く映えて美しい。
d0038294_23335969.jpg靴を脱いで本堂に上がり阿弥陀如来を拝み横の曼荼羅に見とれて一角を見ると料金所が儲けてある
d0038294_23353561.jpg聞くと離れと石庭が見られるという。
渡り廊下を通って、近年に作られた離れに向かう。四季の襖絵、涅槃の庭がある。
大文字の送り火がともされる東山を借景に釈迦の涅槃の様子を石組みで表している。
昭和の終わりごろの作品なのに歴史を感じさせるのはこれがここにあるからなのだろう。
また、履物を履いて細かいもみじ葉がびっしりと落ちて彩る庭を散策する。
ここは、三井家の菩提寺でもあるらしい。
檀家を持たない寺なのに連綿と栄えてきたのは三井高利の寄進による寺領があったからだろう。
境内には三井家の寄付による真如山荘があって予約すれば宿泊もできるらしい
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平安京というサイトに京都の宿坊の案内がある
朝食付きで5000円なので女性の一人や二人旅には安心な上に格安なのがいいかな.
顔も手も紅葉に染まるような心地して後ろを振り返りながら近くにある吉田山荘に向かう
by ai-bannri | 2005-11-30 21:58 | 旅行

11月29日―お見舞い

ノロかニタか良くわからないが、次女の家に様子を見に行く。
見る限りでは元気そうだけれど、滞在した少しの時間に2度もトイレに行ってつらそうだった。
インストラクターの研修がタップリ1日中あるので15日はお願いねといわれる。
う~ん・・3歳児を10時間も面倒を見るのは自信がないが、いいわよと答える。
三女の家にも行く。
髪を洗っている最中だった。
乾いた洗濯物を畳んでから、今日は5%引きだからといわれて買い物にいく。

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京都の紅葉の見所の彩り具合を連絡してと頼んでいた友人から電話を貰う
吉田山の当たりは真如堂が綺麗よと、
いつもと比べてどうなんだろう
吉田山の当たりには東伏見の宮が帝大在学中に建てられた別邸を料理旅館として使われている吉田山荘がある
もうだいぶ前に昼の食事をしたことがあるがお庭がとても美しかった




泊まれば付近の朝の散策が心地よいだろうが、高嶺の花だ
d0038294_071999.gif昼の簡単な懐石は比較的安い値段で提供してくれている
by ai-bannri | 2005-11-30 00:07 | 日記・あれこれ
家庭を持って専業主婦になったら、困ったことがあればまず夫に助けを求め、次は姑、それでも埒が明かなくて、母で済むことなら連絡しておいで、と言ってあるものだから、
なんとまぁめったに電話もしてこない。
守をしてあげるから美容院に行っておいでと行かせたのが5月だから、三女は半年もの間カットもしていないのだ。
電話があれば何事かと思う。

風邪をひいて熱がある、病院にいきたいから来て欲しいと頼まれた。
いつから具合が悪いのと問えば3日ほど前からだという。
病気のときぐらいは当てにしておくれ

暖かいのは幸いだ。安静にしておれば明日にも回復するだろう。
幼子がいては昼寝もママにならないだろうと、バギーに乗せて孫を連れ出して少し遠くのバラ園まで散歩に行く。
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バラ園を訪れてる人は10人ほどで、花の盛りもとうに過ぎ、手入れも済んだのか作業をする人の影も見えない。
ほとんどの木は短く刈り込まれて寒々としているが、それでもたまに来る人のためかいくばくかの花が残されて鮮やかに咲いている
花の名を確かめながら園内を歩きしばしベンチに腰を下ろしていてもそう長くはいられるものではない。
この近くに子供たちの友人が喫茶店を開いているのでそこに立ち寄ることにする。

雑炊を作って早い夕食にしてやり、自分のうちの晩御飯はかんぱちのアラと野菜の炊き合わせ。

次女に電話、
彼女のところも2子が「ノタウイルス」にやられているという。

あまり聞いたことのない病名を告げられるとなんと言えば良いのか分からなくなる。
by ai-bannri | 2005-11-28 22:13 | 日記・あれこれ

11月27日-何度でも-

24年前に長女の学校で給食に出た枇杷の実を持ち帰って鉢に植えたのを2年後に今の家の片隅に植えた
何年か後に実をつけて、このごろは果物屋で枇杷の実を買い求めたことはない。
小ぶりだが長女が昔食べた給食のときと同じ味がする

狭い庭なので横にのびれば隣家のガレージの上になるし片方は道にせり出す。
上を目指せば電線に当たる。
やむをえない。1本の枝をブロック塀に沿わせて伸ばしている。
季節を問わず何度も伸びた枝を刈り込んでいる。
放置すれば葉は茂って軒下を埋めん勢いだ

いくつかの小枝に花芽がついたのでそれを避けて剪定をしてみた
近所に住む初老の紳士が通りかかり、「大変ですな」
見下ろす格好になるのでブロック塀から降りて、勢いが強くてのびるのが早いもので、というと
「枇杷ですか?変わった形ですな」
???ん?・・・ああ、邪魔だから時々引っ張ってこっちに伸ばしているんです。
「実はなりますか?」
なりますよ、家族で食べるには充分です。美味しいです
「かわった形の木ですな、ふつうは上に伸びるのに」
(え・・?)
道にせり出せば迷惑なのでこんな風にしたんですよ
「そうですか」
・・・・
「かわった木ですな」

よその人なら何度でもおなじ答えを言える

最近娘達と話をしていると
「それ聞いたよ」と返されるときがある

なんだと、誰に言ったか覚えられるか、2回ぐらいはかしこまって聞け
by ai-bannri | 2005-11-27 16:15 | 日記・あれこれ

11月26日-杉村春子を観る

d0038294_13161090.jpgテレビで女の一代記をやっていた。
今日は第三話で杉村春子だ。
上京した頃から夫を結核で亡くしたあたりまでをやっていた
涙腺が頼りないので家族がいるところではドラマは見られない
「こんなんで泣くかよ」と呆れられる
今日は一人だったので見た。

舞台はあまり見たことはないがテレビでは彼女の作品は良く見た
名脇役として名を成していた
最後の作品は午後の遺言状かなd0038294_0142212.jpg
これは音羽信子さんの遺作でもあるけれど1995年(平成7年)だから89歳のときの杉村さんの作品だ。
無論大女優だけれど、あの着物のさりげない着こなしは好きだった。

もう30年ぐらい前着付けの教室に何ヶ月か通ったことがある
講師の女性が「杉村春子や沢村貞子のような着方をしてはいけません」と盛んに言っていた。
着付け教室の指導は体のいたるところにタオルやハンカチを入れて補正をし丸い筒のような体型にして衣装をまとうのだ。
皺ひとつ緩みなどもってのほかである
御大二人は締めるところはまぁちょっとは締めるけれどゆったりとして緩みや皺や隙間だらけだったのだ。
良いじゃないか、自然なままで。

帯をほどけば、ドサドサさまざまなものがこぼれ落ちるのは興醒めじゃないかい?

写真は一枚目は岩波書店発行 新藤兼人著「杉村春子」の表紙
2枚目はウエブサイト「龍の目」より
by ai-bannri | 2005-11-27 00:28 | 日記・あれこれ

11月25日-建前と・・・

幅広く長く政治家をしていた人の夫人から聞いたことがある。
選挙区民の頼みごとは、就職依頼、縁談、揉め事のもみ消し、行政への陳情などおびただしいものがある。
一票を笠に着てやってくるので断るにしてもなかなかに難しい・・・・そうだ。
それらの頼みごとは才覚のあるものならば自分でなんとでもなせるものばかりなので、出来の悪い息子の就職の世話や、わがままな娘の縁談などまとめられるわけがない。
そりゃそうだ
逆にうっかり頼んでご破産にするにもがんじがらめになった人もいるよ。

西村真悟さんの名義貸しによる非弁活動の疑惑が大詰めになりそうだ
近頃珍しく本音を主張し、自分などは感銘を受けていたので、驚いている

北朝鮮拉致問題や尖閣諸島・竹島などについても日本の立場を正しく主張していると見ていたので残念だ
なぜ、足元を掬われるような不法なことをしたんだろう。

でも、くだんの元代議士夫人の繰言を思えばさもありなん。

西村氏のホームページから

この度の西村真悟法律事務所に関わる一件では、多大なご心配ご迷惑をおかけ致しております。
責任逃れをする気はありません。
ご理解の程宜しくお願い致します。
西村 真悟



今日の生け花、投げ入れ、花材は石化エニシダ、小菊、ネリネ
by ai-bannri | 2005-11-26 10:44 | 日記・あれこれ
長女が帰ってきて夕食の後の雑談の途中目の前の夕刊に載っていた、皇室典範についての「有識者会議」の記事にふれる。
れんめんと続いてきた男系の天皇家が女性を天皇にすれば崩れるという意見は、あまりにも今の世の常識に乖離していると思う
皇室も万世一系というものの、継体天皇や、南北朝、近くは明治天皇さえも下世話な噂があるではないか。
Y染色体がどうのこうのがわかって男系が続いたわけでもなかろうに。
やがて、いつか日本中に一杯ある御陵の調査が許されてそこに埋葬されているやんごとなきお方のDNAが何のかかわりもないというのが知れたらどうするのだ。
何事のおわしますかは、神秘的なほうが良い

清子さまにお子が授かって愛子様と姉妹のように仲良く遊ばされたら良いのにとおもう。
by ai-bannri | 2005-11-25 23:40 | 日記・あれこれ

花も紅葉も-その2

このタイトル「花も紅葉も」には思い入れがある
巨大掲示板のとある板で、場違いなことを書き連ねていた。
訪れる人もたまにあってBBSの初心者の自分には優しいスレッドだった
レスが1000に達すると新たに建てねばならない時に、副題で「花も紅葉も」とつけてくれた人がいた。
去年(16年)の今頃だ。
それにはさまざまな意味があろうが、ここのは単純に桜と紅葉を一日のうちに見たということで、分かりやすい。

足助を後にして最近豊田市となった山間部へバスは行く。
冬に咲く桜は住まいのある北摂の公民館の庭にもあってえさのない寒い頃小鳥たちが花びらをついばみに来るのを見ることがある。
湖東三山の西明寺にも名物の四季桜がある。d0038294_2385866.jpg

ただそれらはほんの数本だ、
わざわざ見に行くほどのものでもない。
ここの桜はその数に圧倒される。
この地の医者が100年ほど前に1本植えてから今に至ったという
精力的に植えたんだろうなぁ

広場には祭りのための屋台などが出ているようだが到着したのが4時とあれば地域の婦人達も片付けに余念がない。
最も樹齢の古い木は遠くにあるというがこの広場の周りだけでもすばらしい
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写した写真はできばえがいまひとつだった
ウエブサイトから探してUPする

紅葉と桜を見た後の往路は比較的すいていて、ドライバーの判断もよくうとうとと夢路をたどりながら8時半には解散場所に着いた
by ai-bannri | 2005-11-25 23:24 | 旅行

11月23日-花も紅葉も

先月のうちに格安のツアーがあるからと誘われて読売旅行の日帰りのバスの旅に参加する。
三州足助の香嵐渓の紅葉と小原の四季桜だd0038294_16191636.gif

前日に観光会社で働く友にそれを言うと
「明日じゅうに帰れるか?・・・無謀やな」と脅された

足助の宿は三河から伊那を経て信州を結ぶ街道の中にありここで旅人は足を休め、荷を運ぶ馬車の馬も交代した
街道は「中馬街道とも呼ばれる。
また、もっとも大切な塩も多く運ばれたために「塩街道」の異名もあるが「千国街道」ほどは知られていない。
中世には足助氏がこの地を治め城も築き城下町としても栄えた。
矢作川の上流巴川沿いに江戸時代の初め一人の僧侶が般若心経一巻を読むごとに紅葉の木を植えた。d0038294_1627013.jpg
後年は村人たちの手によって更に多くの紅葉が植えられて今は名所になっている

家を6時30分に出て8時にはバスは高速道路上にあった
道路情報を細かくチェックしながら山崎から京滋バイパスを取り、更に中央道の土岐あたりまで走って猿投グリーンロードから足助に回りこむ。
後10キロという所からバスは止まって動かない。
今のうちに車内でお食事をと、ツアーコンダクターの勧めでお仕着せのお弁当を食べる
こうなることは誰もが承知なのでじっと待つことおよそ100分
バスの窓から道路沿いの庭に桜の花が見える。
後で行く小原の桜がこのあたりにも分けられているのだろうか

駐車場にたどり着き再度添乗員の注意事項の言葉を拝聴し人並みの中に入りそろそろと歩く。
「待月橋は一方通行です。立ち止まったり、写真を写したりしないでください。大人の常識を守りましょう」
ああ、明石の事故以来イベント担当者はナーバスになっているなと、ここからの写真はネットで探そうと思い、さっさと渡る・・・・・つもりがあまりの密度に歩けないよ。

橋を渡り三州足助屋敷は外観を見るだけにして、背後の飯盛山に登る。
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見下ろすとまた、紅葉の木々の間から巴川の川面がきらきらしている
山道をほんの少し行くと清水がこんこんと沸いている。
しまった、空になったペットボトルを持ってきたらよかった。
そこから石段を登って香積寺(こうじゃくじ)に登る
禅宗の寺で巴川に初め、紅葉を植えたのはこの寺の僧侶だ
飯盛山は、春になると斜面におびただしいカタクリの花が咲く
これもまたすばらしい
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(写真は春先に咲いたカタクリの花)

駐車場のトイレは長蛇の列だ、あそこに並ぶのも苦痛だわ、少し町を歩いてコーヒーを飲みましょうと、旧街道の入り口付近に喫茶店を見つけて入る。
誰しも思うことは同じと見えて、盛況だ。

次の見所は桜の名所だ。・・・冬に咲く・・・・・つづく
by ai-bannri | 2005-11-24 16:34 | 旅行