神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri

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飛ばないメール

先ほど病院にいる義母を見舞っての帰り
カーラジオから流れるFM放送で関東で震度4.5ほどの地震があったと伝えておりました
埼玉あたりときこえましたが、お住まいの近くではありませんか?
あのあたりは岩盤が固くて地震などには強いのだとはいうものの
怖い思いはこりごりでしょうね
あれほどの地震では本棚の書物や食器棚の陶磁器の類はいかがなものでありましょうか
ご自慢の焼き物は無事でしたか

このごろ、そちらは地震が多いですね
北摂に引っ越していらっしゃいませ。
そうなれば、毒舌も7%の域を超えて、ニュアンスが感じられて、嬉しくも幸せ・・・
いえいえ、かえって辛くなるかな?

まぁ、それはあなた様次第

物が割れた破片で柔肌が傷つかないように家の中でも靴下をお履き遊ばせ
少年のような手と誰かに誉められたその手にも手袋をどうぞ
by ai-bannri | 2005-07-31 17:52 | 荒磯のうた

7月31日ーいちどきに

一昨日は義母の誕生日で、今日は兄と甥の長女の誕生日だ
あさっては次女の誕生日で、姉の命日でもある
実家の兄には電話で済ますことにしてついでに甥への伝言も頼む

義母の意識はあるのか無いのか、傍らのものには分からないが長女に電話をして休みであれば同行するように頼む。
少し早めに家を出て中河内の古墳群のなかのひとつ、古い古墳の掘りべたにある墓に参る。
軍手とシャベルを用意していったが夏草はすっかり枯れて先ほど降った雨に地面は柔らかく簡単に草は抜ける。
長女は伯母の墓に関心は薄いようだが、お前を身ごもったときの姉の喜びようは胸が熱くなるようだった。
生きていれば同じ看護師の先輩として教えられることも多かっただろう。

病院に着くとベッドが空だ。
詰め所の看護師さんが気づいて「散歩にいかれましたよ」
ベッドのように平坦になる車椅子を病院に預けてある
先に来た夫と義妹が外へ連れ出したらしい。
今日はよほど体調が良いのであろう
義母の体は硬直したまま曲がった手も足も伸ばそうとすれば、骨折を恐れて勇気が要る
長女は「折れることはないだろうけれど・・・・」といいながらほんの少し曲げ伸ばしをして刺激を与えている
耳元で「お誕生日おめでとう」と何度も声をかけると目が潤んでいるような気がする
「いくつになったのよ」と娘が聞くとかすかに開いた口が動くように見える

ああ、返事をしようとしている
by ai-bannri | 2005-07-31 17:32 | 日記・あれこれ

7月29日ー肩こりー

八起堂通信の昨日と今日は「コリは病気もよぶ」という題でたかが肩こりとは侮れないことが書いてある
ストレスの原因にもなってさまざまな病を誘発するとある
ああ、恐ろしい・・・ただいまひどい肩こり中

子供たちが幼いころは外へ働きにも出られないので電気製品の部品を作る内職をしたことがある。
ビデオのヘッドの部分で300ミクロンの穴に30ミクロンの銅線を20~45回巻き付ける・・・という気の遠くなるような作業だった。
均質な巻き方をしなければならないので顕微鏡をみてゆるみがあればやり直した。
最初の1日は1個仕上げるのに半日かかった
慣れたら100個入り1ケースを2時間足らずで出来た
パートの時間給より良かったので近所の主婦が5人ほどグループを作って日に10ケースほどを仕上げていた
たちまち目を悪くした
ひどい肩こりに悩まされた
子供たちをスイミングスクールに連れて行くそこで、成人向けの時間帯もあるのを知って申し込んで泳ぎの初歩を教えてもらうことにした。
かなづちにさよならする頃ひどい肩こりは嘘のようになくなった

水泳が体のために良いことは重々知っているが・・
長女に「病気になっても面倒は見ないからね」と脅されてはいるが・・

いまさら水着を買う気にはなれない


ここ二日ほどは掲示板に建てられた杉浦日向子さんを追悼するいくつものスレッドばかりを読み漁っていた。
巨大掲示板特有の下品な書き込みは皆無で、誰もがその夭逝を悲しみ、惜しんでいた

百物語、合葬、ゑひもせす、ニッポニアニッポン、東のエデン
大江戸観光、とんでもねえ野郎、百日紅上下、二つ枕の10冊をアマゾンに注文する
全部届くのは9月まで掛かるらしい

杉浦日向子は《1980年、月刊漫画誌「ガロ」に吉原を題材にした「通言室乃梅」を投稿し漫画家デビュー。江戸庶民の風流や吉原の「粋(いき)」を描き、80年代以後の江戸ブームの立役者の一人となった》《88年に作家の荒俣宏さんと結婚したが、半年で離婚した》《93年に漫画家を引退し”隠居宣言”をした後は、江戸風俗や浮世絵の研究家として活躍。NHKのバラエティー番組「コメディーお江戸でござる」に95年から9年間レギュラー出演した》

7月26日下咽頭癌で、享年46
by ai-bannri | 2005-07-29 21:25 | 日記・あれこれ
同窓会の案内状が届いたらしくて友人たちから電話をもらう
近いところに住んでいても会う機会は余りなく年賀状だけのやり取りになって何年もなる人もいる。
遠い所にいる時は大阪に帰れば時間をやりくりして必ずあっていたのに。
いつでも会えるというのが久しくなってしまうゆえんだ。

「同窓会の前に一度会わない?」
行くわぁ・・素敵なカップでアールグレイをいれてご馳走して・・
もうずいぶんカップもふえたでしょう?
「そりゃ、もう・・・」

友人のTさんは
大家族の家に嫁いで、舅姑はもとより小姑小舅のかかわりに神経をすり減らしていたときがあった。
頑張る性質なので期待されるところもあったのだろう。
確執が積もって爆発寸前のとき、高級なティーカップを買っていた。
もうずいぶん以前に家を訪問したとき居間の壁際にでんと置かれたサイドボードに所狭しと、マイセンやロイヤルコペンハーゲン、オールドノリタケが並んでいた。
お金には不自由はしなかったようだ。

「口は災いの元でややこしいことを引き受けたんでしょ」
と、(フロッピィーディスク使えます)の件を冷やかされる
そうだけれど、こんな風に電話をもらうのはいいものだ
次の幹事もあなたに決まったし・・・・決めたし。
by ai-bannri | 2005-07-28 17:52 | 日記・あれこれ

謙譲の美徳か・・・

日本人の心意気は謙譲の美徳で語られていた・・・時がある
「つまらないものですが、おひとつどうぞ」や
うちの愚息、愚妻などは決してそんなことはないと思ってくれている相手にこそ使えることばである。
今はストレートにとられる危険があるので
旅先で見つけて美味しそうだったから、とか私も使って便利だったのなどといいわけのようなことをいいながら贈っている。
昔のほうが良かったような気がしないでもない

国の場合はどうだろうか。
「謙譲」などという概念はない国を相手にして卑屈なまでにへりくだっているような気がしないでもない。
教科書にまで「自分たちの国はこんな悪いことをしました、あんなひどいことをしました」と書いて。なお、書き方が足りないといわれて恐縮するのはなんとしたことだろう。
今年も、中学校の教科書採択の年だが各地で扶桑社版の教科書採択を阻止しようという動きがきつい。

物の見方はいろいろだ
巨大な象だって
目を瞑ってさわれば紐のように細いものだと思いもするし、太い大木のようなもの、と感じるものもいるだろう。
アメリカの建国の父ワシントンは、イギリスの教科書には逆賊としてあしざまに書かれていた時代が長かった。
今云々されている南京の事象などは新聞小説として書かれたフィクションが大新聞の喧伝によって生まれたものだ。
そんなものを思春期の子供に教えて自分の国に誇りがもてるだろうか

日本の歴史は「つまらないものでした」などと言わないでくれ
by ai-bannri | 2005-07-28 04:01 | 日記・あれこれ
お馴染みのブログkarasuさんの日記は映画や漫画の(アニメというんか?)造詣が深くそこから思わず誘われてビデオを見たりしている。

昨日の日記のリンク先が面白い(^。^)
ここに来られたあなた・・・
ぜひご覧になって笑ってください。
猫好きな方は嘆いてください
by ai-bannri | 2005-07-27 11:35 | 日記・あれこれ

うたごころー国の守りー

上高地に行く途中に通った郡上八幡は盆踊りと、清らかな長良川の支流吉田川に掛かる橋のうえから高飛込みをする子供(時に大人も)の姿を夏の風物詩でテレビ等で見ることがある

街中を通りかかると「山ノ内一豊の妻の出生地」というのぼりが目に付いた。
近江の浅井のあたりだと思っていたので、あらと思い、帰って調べてみる。
司馬遼太郎氏の「街道を行く」の取材レポートのホームページを見つけた
歴史的に有名な人の出生地は何箇所もあったりする。お腹にいる間に母親が夫について土地をうつれば思いもかけぬところが誕生の地だったりするだろうが、どうも一豊の妻の場合は系図らしきものもあるようだ。
司馬氏が語った最も高い原稿料の篠脇城もこの地にある。

中世にこの地は東氏が治めていたが、都で起こった応仁の乱は全国の武将を東西に分けていがみ合わせた。
西軍の将斉藤妙椿(さいとうみょうちん)に篠脇城は落とされるが
城主、東常縁(とうつねより)はこれを嘆き
・・・あるがうちにかかる世をしも見たりけり 人の昔のなおも恋しき・
と歌に思いをこめます
これを聞いた妙椿は「常縁はもとより和歌の友人なり、歌をよみておくり給わば、所領もとのごとくに返しなん」と伝え、常縁は応えて和歌十首を送ったら城は返還された
感謝する常縁に妙椿は、私のせいではない
 「このごろの知るべなくとも故郷に 道ある人ぞやすく帰らん」あなたの徳が高いからだと返歌を送ったとある
研ぎ澄まされたうたごころが城を守った

詳しくはHP「歌で還った城」
by ai-bannri | 2005-07-26 19:30 | 旅行
忙しく仕事をしているときは、家で新聞を読む暇もないときがあったので、持って出るために2紙取っていた。それ以来の習慣でずっと二つとも購読しているが、最近はネットでニュースを知ることも多いし、掲示板を見ていると色々なことを教えてくれる人もいる。

杉浦日向子さんが昨日亡くなられたことも掲示板で知った
驚いた。

素敵に思う人は次々とテレビの画面からも消えていく
最近、地上波のテレビを見なくなったのは、こんなことにもわけがある。
杉浦さんの「お江戸でござる」江戸風俗の案内は絶妙だった

大河ドラマでは昔の高貴な婦人もよく登場するが、今は誰も鉄漿(おはぐろ)などはしていない。
にっこり笑うと真っ黒い歯が現れるのでは「歯が命」の職種の人は引くんだろうか
脚本家は杉浦さんほどの時代考証の技は持ち合わせてはいないのだろう。

向田邦子さんが亡くなったときは子供をプールに連れて行く車の中でニュースを聞いた。
あの時は書店に行ったが、今日はアマゾンにいくd0038294_22435617.jpg

杉浦 日向子(すぎうら ひなこ、本名 鈴木 順子(すずき じゅんこ)、1958年11月30日 -2005年7月22日 )は、漫画家、江戸風俗研究家。東京都港区出身。日本大学芸術学部中退。稲垣史生氏に時代考証を学び、1980年『通言・室之梅』で漫画家としてデビュー。

浮世絵を下地にした独特な画風に特徴があり、江戸の風俗を生き生きと描くことに定評があった。
1993年に漫画家引退宣言をし、その後は自らのライフワークである江戸風俗研究家として活動した。NHK総合テレビ「コメディーお江戸でござる」では江戸の歴史、風習についての解説コーナーを担当していたが、2004年春に「コメディー・道中でござる」への番組リニューアルを期に作家の石川英輔に解説役をバトンタッチし、以前からの念願であった豪華客船で世界一周の船旅を送るという、悠々自適の生活を送ると公表していたが、実は闘病生活を送っていたことが、死去によって判明した。
東京日本橋の呉服屋の孫娘として生まれ、普段から着物を着ていることが多かった。
無類の蕎麦好き(蕎麦屋好き)で、仲間と「ソ連」(ソバ好き連)を立ち上げ、その中心として活動した。また、日本酒党でもあり、「コメディーお江戸でござる」番組内での発言からもそれが窺えた
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
by ai-bannri | 2005-07-26 13:52 | 日記・あれこれ

7月25日ーお奨めリンク

いつも訪問しているkarasuさんのブログを見ていたら八起堂通信さんの紹介があった。
早速訪問してみる。
karasuさんのお友達となればお若いのだが内容が濃い
役立つ情報がいっぱい。
お願いしてリンクを張らして貰う事にする。
ところが
リンクの張り方が分からない。説明を読んでもちんぷんかんぷん
だいたいねぇ。
いつも私は思うのだけれど・・・PC関係の説明書ってちょっと傲慢よね。
「これぐらいは知っているでしょ、常識だもん」などと言わんばかりだ。
私は自分が平均値だと思っているので知らないことを卑屈には思わないが・・・・

で、助っ人が帰るのを待ってSOS
5分で出来たよ・・・・_| ̄|○
「こんなこともできないの?」・・と、いわないところが良い
by ai-bannri | 2005-07-25 19:24 | 日記・あれこれ

明神池の山女の塩焼き

上高地にはもう6回ほど来ている
春来れば夏の涼しさを思い
夏訪れると、この唐松が色づくのを見たいと思い
秋に来れば訪れる春の息吹を楽しみたいと思う

それに
嘉門次小屋の囲炉裏で焼く山女の塩焼きは絶品だ
d0038294_22304241.jpg国立公園なので、明治時代に上條嘉門次が明神池で漁をしたように
このあたりで泳ぐ魚を捕るわけにはいくまいが、
しばし、明神池から流れる川の生簀で泳ぐ山の魚は穂高の神の祝福を受けている
囲炉裏の上には円盤のような蓋付きの容器がぶら下がっている
・・あれは何でしょうか・・と聞くと
「燻製の魚を入れています」
2日ほどでやまめの燻製が出来るという
話すうちに串を抜かれた山女が小皿に盛られて登場
頭から骨ごと戴いて・・・・ごちそうさま
by ai-bannri | 2005-07-24 22:33 | 旅行