神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri

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5月30日ー電話ー

もう、5月もあとわずかになった。
出かける用事が多くて旅行ばかりしていたようだけれど、九州と今回の那須行きは義務のようなものだから、少し物足りない思いのする5月であった。
去年は上高地の沢を散策した。 http://www.kamikochi.or.jp/index.html
帰り白骨温泉に立ち寄って露天風呂に入った。
実は『草津温泉の湯』だった、というのは後でテレビのニュースで知った。


年賀状だけの付き合いになってしまった以前の仕事のチーフから電話をもらった、
「いま、何をしているの?」
と尋ねられて詳細をいえるものではない。
ぼちぼちと・・・・あれこれ・・・
わけのわからない返事をする。
急にまた手伝って欲しいという雰囲気なのだが煮え切らない。
(なにかいい話があったら紹介して)と言うのをまっているような気がする。

手のひらを返すようなことをされるので用心しなければならない。
仲間内の噂話は全部この人から聞いた。
うっかり相槌をうち、続けて意見を言うとそれは最初から私が言ったことにされて困ったことがあった。
悪意はないのだ。そのときそのときに正論を言う。
前の言葉は忘れている。
まわりまわって私の評価も耳に入った。良くもあり、悪くもあり。
同じことをしても誉められたり、批判されたりした。

今は引きこもりがちに暮らしているので、誘われたら出かけるようにしているけれど、
うまい話には気をつけなければと思う。
今から発生する負荷は耐えられない。
健康にも経済にも、精神にも。
by ai-bannri | 2005-05-30 23:54 | 日記・あれこれ

5月29日ーおのぼりさんー

レンタカーを返すのには時間があるので都内を少し走ることにした。
新橋あたりに用事があるという夫を送り、カーナビに手をとられるように案内してもらって、
皇居のお堀沿いに新宿方面から靖国神社に向かう。
皇居の緑がみずみずしい。
国会議事堂はいまどきの建物に比べればさほど大きくもないが威風堂々として威厳を放っている。新宿御苑は下をトンネルでくぐり程なく靖国神社へ。

作法どおりに参拝して境内の土産物屋で2,3の菓子を買う。
中国が宣伝してくれるので、参拝客は多いでしょ?
「みなさん、そういいますなぁ。ははは」
きちんと身なりを整えた参拝の人が多いのに違和感もない。

以前住んでいた世田谷区の等々力のあたりを見てみたいと向かったが、ナビに区役所をいれたので砧あたりへ行ってしまった。
レンタカーを返す時間が迫ってきたので、諦めて引き返すことにする。
ナビのままに走らない息子のために、六本木ヒルズの前を通過することになった。
怪我の功名とはこのことね・・・。
・・・なにを、おおげさな。

東京駅では時間も余ったので息子は秋葉原に、自分はネイルマニキュアと手のマッサージをしてもらう。2960円。
by ai-bannri | 2005-05-29 21:39 | 日記・あれこれ
夫の姪の結婚披露宴で栃木県の那須までいく。
アメリカに語学留学していたときに知り合って昨年結婚した。
式も披露宴もしないというのを、「最近の若者はこんなものかな」と、少し寂しい思いもしていたが
やはりそうはいかなかったのだろう。だって・・・・・
田舎だもの。

東京駅からレンタカーを借りて東北自動車道路をはしる。
生まれて初めてナビつきの車を運転したが、本当に助かった。
あれなしでは首都高速は走れないところだった。
東北道は、出来た頃に福島から北を走ったことはあるが、この辺りは初めて通る。
トンネルはほとんどなくて防音壁も少なく見晴らしが良い。
1時前に東京駅を出て2時半には着いた。
高原の木立の中をしばらく走って会場のゴルフ場に着く。
姪の衣装は夏向きの白い着物にオーガンジーのような生地の透ける内掛け。
お色直しは一回でグリーンのイヴニングドレス。
緊張していたのか義妹はほとんど料理には手をつけず私ばかりが食べていた。
披露宴の後はまた東北道を東京に引き返し木場にあるホテルに投宿


栃木県のこのあたりは乃木将軍の出生地らしくて付近には乃木神社がある。
乃木神社を息子に説明するのに時間が掛かった。
いくら社会科は苦手とはいえ、母の子だろう・・・・・。
那須与一もこのあたりらしい。これも無論知らない。
「戦争博物館」があるらしいという。そりゃ乃木さんの故郷だもの。
テレビで見かける代議士が新郎新婦の馴れ初めを紹介したのにはびっくりした。
向こう三軒両隣の関係らしい。
自分が関わっている運動に少しぐらいは関心を寄せておられる方なので2・3の意見を拝聴する。
by ai-bannri | 2005-05-29 21:22 | 日記・あれこれ
習い事は安価で確実な公民館講座を利用している。隣の人に誘われていけばなの講習も始めることにした。未生流だ。
今日は花材はあやめと笹子百合の葉、撫子
あやめを高々と生けて副として撫子をあしらい笹子百合の葉で守るように囲む。
杜若や菖蒲などそっくりのものもあるがまったく区別はわからない。
・・・・あやめ草 文目も知らぬ恋をするかな・・-古歌ー
失恋の歌かなぁ・・・

支払いの期日のあるものもあって、銀行にいかなくてはならないのだがコンビニで降ろしてジャパンネットバンクに入れて家に帰ってネットを使って振り込む。
なんて便利なんだ。
月に一度程記帳すればいい。
値の張るものは価格コムで調べ時にはヤフオクを使う。
手紙代わりにメールを使えばポストに行く手間も要らない。

自分の口から音声というものが出なくとも何の不自由もないではないか。
こんなことでいいのだろうか。
by ai-bannri | 2005-05-27 22:50 | 日記・あれこれ

5月26日ー得と徳ー

自分は他人の言ったことを覚えていて、後になって持ち出すので「嫌味な奴だ」などと、夫にはよく言われた。
今は「あなたは忘れているかもしれないけれど・・・」などと前置きをするのでよけいに嫌味な女になっただろうか。
妻は姑や夫の理不尽な言動や行いは寛容の態度で臨み自分の欲は埋没させて長年暮らせるものではない。
知人の中にも自分の都合やそのときの感情の赴くままに態度をとるものも居るが「それが彼の人の性分だから」と承知してつきあえるものではない。

わずかな資金を種にして株や商品の先物取引を細々とやっているが、精神の構造が並外れていなければ大成はしないのだろうか。
最近話題になった時間外取引を利用して大会社に乗り込もうとした若者のように。
他人の損が自分の利益となって入り自分の失敗はひとの儲けとなるならば、いっそ他者をはめ込む技に長けている程、覇者への道は近いのだろうか。
そんな自分の「得」ばかりを先んじて思う人が、「徳ある人」として語られるであろうか。

旅行が好きで機会があればあちこちに行く。
出先で時間があれば付近を散策したりする。
朽ち果ててかえりみるひともあまりいない生前に建てられた銅像や碑を見ると、この人の「徳」は「自分の得」だったんだろうとおもう。

karasuさんが体調を崩しているらしい。幼いときは華奢な体つきで体質改善をねらって真冬も薄着で鍛えさせられていたが、長じてみると威風堂々とした体躯になっていた。
ブログを見ると食生活と睡眠がいい加減だ。
親でもないのに「早く嫁をもらえ」といいたくなる。
もらった嫁さんが料理が上手とは限らないけれど・・・・
by ai-bannri | 2005-05-26 17:51 | 日記・あれこれ

5月25日ー絵と洗剤とー

今日は月に2回ある水彩画の教室に行く。
前回は鹿児島への旅行で休んだ。
画材は鮎。
食欲をそそるほどのできばえはどうかなぁ・・・

モノレールの駅の構内でこの教室の生徒の作品展があった。
先生がお願いして飾ってもらったものだ。使用料が無料と言うのがいい。
普段にない額縁を奮発して(といっても、みんな一緒だ)絵を納めた。

今日はその絵と、コピー2枚、会場風景の写真を頂く。
あと、近くのおしゃれなフレンチ料理の店でお茶会、
アールグレイとモンブランケーキは870円。
先生への謝礼2000円づつ。

昼前に掛かってきた「重曹」が原料の洗剤を持ってきてもらう。
先日の長電話とは別の会社で、この前のは何故か約束したのに来なかった。
500ccで1000円らしい。原液だから薄めれば5リットルぐらいになろうか、
やはり洗剤を宣伝すると言うのは口実で、それを家でも作れる装置の宣伝だった。
イオン分解装置で、1万円ぐらいが妥当じゃないかと思われるものが38万だ。
「あなたの会社の社長はこの前には何を売っていたの?」
と聞くと、
スチーム掃除機、浄水器、低周波(高周波?)健康機・・エトセトラ・・・
訪問した若い女性は印象は良かった。
使ってみてよければ洗剤の注文はいたしましょうと、いってお引取り頂く。
by ai-bannri | 2005-05-25 22:45 | 日記・あれこれ
三女が買い物などに付き合って欲しいといってきたので迎えにいき、隣町にある米粉を使ったパンを売る店や、皮膚科医院、マイカルなどにいく。
バウンド型のパン700円、・・高い・・
しかもネットに案内していた地図はいい加減でかなり迷った。
鹿児島県産のラッキョウがあったので漬け酢と共に購入。
「私、ラッキョウは嫌い」・・・そうですか。

毎日閲覧しているブログにこんなのがあった。
転載を断っていないのでコメントなしにコピー


 >日本の中国に対する謝罪の歴史
 >2ちゃんでこんなフラッシュ見つけた。

 >今、日本は、中国政府の歴史提造行為に苦しんでいます。
 >日本では良識ある中国人に真実を伝えるため、このような動画を作りました。
 >世界の皆さんにも伝えたい動画です、是非見てください。
 >Now, Japan is concerned about China's promotion of making up flase history.
 >We, Japanese, would like you, sensible Chinese, to know the truth, so
 >We made this short film. If many people in the world see this,
 >that would be great. Please take a look!!
 >http://homepage2.nifty.com/tuge/vip2136.swf

彼のブログのアドレス
http://karasu.air-nifty.com/at_the_end_of_the_endless/
by ai-bannri | 2005-05-25 07:55 | 日記・あれこれ
産経新聞の月曜日に曽野綾子さんのエッセイ「透明な歳月の光」が連載されている。
妻を娶らば「曽野綾子」と夫の三浦朱門氏にいわしめた美人で才媛だ。
この人の人生観と言うか世界観が好きだ。
忌憚の無い語り口はすがすがしくて小気味良い。
彼女を外務大臣にしろと小泉首相に進言したいときもある。
もっとお若い頃はお目が不自由で、そのためもあってか、いち早くワープロで原稿を書かれていた。
目の手術をされて視力は回復し、活動の域は広い。
今日は「信仰を圧迫する怖さ学べ」という題で最近のアフガン暴動から19世紀半ばの東インド会社の傭兵による反英暴動を語り靖国神社の話題に及んでいる。

曽野さんは書いておられる。
靖国に参るのは反戦の思いの深い人たちだけだと。
一国の総理が戦死者を悼みに行くのは当然だ。無思慮な若者は中国の望むように参拝などしないだろう。・・・と。

 無思慮なのは若者だけではないと思うが・・・・・。
日曜日に半日程東京で時間がある。

そうだ、靖国神社にお参りしよう。
by ai-bannri | 2005-05-23 17:17 | 日記・あれこれ

5月22日ーたどる道ー

日曜日は介護型療養所jに入院している義母を見舞って義妹にも会う。もう4年も続いている。
結婚したときは同居していたが、長女が生まれた次の年夫の転勤で大阪を離れることになり、
12年後に帰阪したときは家族も増えて夫の実家は狭く、北摂に居を構えた。
その間に事情があって、借家だった義母の家を買い取ることになり二分の一は負担して名義も半分は夫のものになっている。
一人暮らしだった義母は遠くに住んでいた自分の母親を引き取り、大学を卒業した義妹も帰ってきて一時は賑やかに暮らしていたが、義妹が結婚し、祖母が亡くなるとまた一人暮らしになった。一人暮らしの母親を義妹があまりにも案ずるので自分(私の)の都合もあって夫に義母と同居してもらうことにした。
嫌われている上に、結婚当初のように「嫁は耐えるもの」とは思わなくなっていた。
「お前なんかの世話にはならない」と言われてほっとしたものだ。
そうは問屋がおろさない
少しづつ痴呆の状態が進み外出には介添えがないとママにならなくなった。
義母の用事に合わせて自分の都合も変えた。
震災でさらにひどくなった。
ある日「すぐに来てくれ、様子がおかしい」と電話を受けて行くと腰が痛いと訴える頼りなげな顔が見えた。
遠くにあっては不自由なので呼んだ救急車に北摂の病院へ搬送してくれるように頼み、病院へは直接依頼した。

義母の性格は痴呆が進むと共に穏やかになって行った。
娘達がおかあさんと呼ぶので義母も私を「おかあさん」と呼ぶようになった。
医者の面談で「この人は誰ですか?」と問われて
「おかあさん」と答えたのを聞いていた自分の顔はどんなだっただろうか。
介助をしないと物を食べないので毎日病院に通っていたが、お定まりの3月ごとの転院の4つ目があまりにもひどい対応で在宅で看る事にした。
看護学校に通っていた長女がどんなに頼りになったことか。
それも1年ほどで今は誰が見舞いに訪れても認知することは無いようだ。

誰でもがたどる道とはいうものの・・・・
by ai-bannri | 2005-05-23 06:06 | 日記・あれこれ

5月21日 -造花ー

塞いでいても仕方ないので、こういうときには亡姉の墓参に行くことにする。
花を買って高速道路に入ったとたん、燃料切れのランプがついた・・・・
うっかりしていた、まだネジはゆるんだままだ。
次のインターで降りて補給、ところが今度は高速に入りなおすのに10キロは走らねばならない。ほんとにまぬけなことをした。

姉の墓は南河内の大きな古墳に寄り添うようにしてある。
付近の篤志の方々が寄り合って作られたもので収益金で保育園を作った。
姉が死ぬ2年ほど前に完成し3年ほどで完売した。
近くの方が多いのでどの墓の花も新しい。
月に1度の妹の墓参とあらば行けばそこにはからからに渇ききったものが花立に無残な姿を晒している。
だから、今日は柴とドライフラワーにもなる花、を姉好みの華やかなものに加えた。
そして100円ショップでひまわりの造花を買ってきた。
「そんなぁ・・・造花だなんて!」と言わないで。
高名な寺の行事にも造花は使われるのをお姉ちゃんなら知っているよね。

一人ごちて墓を後にすれば夕陽に映えてひまわりは一段とまぶしい。

実家によって叔母が持参した土産の菓子と酒を受け取る。
母や義姉と話していると兄も帰宅、越し方を振り返りしばしセンチメンタルなひととき・

お兄ちゃん、私もだけれど、ひとには言いにくいけれど・・・・
ちょっと太りすぎよ。もっとやせて長生きしてね
by ai-bannri | 2005-05-22 00:41 | 日記・あれこれ