神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri

2007年 04月 05日 ( 1 )

4月4日 雉縄手

夕べのご飯の残り物や卵焼きを入れて花見弁当もどきをつくり、母を連れて長女の新居に行く。
引越しの祝いを届けるついでに、天気がよければ桜のあるところに出向いて外で昼食にしようと思った。
天気予報ははずれて時ならぬ寒さと霧のような雨がいつまでも止まなかった。
あらかじめ暖かくしておいてくれた長女の部屋は心地よくてそこ居座って3時間ほどを過ごした。

もっと近い駅もあるけれど便利なので江坂には歩いても10分ほどでいつもは自転車を使っているという。
長女を産んだ産院はここから10分ほどのところにある、真新しい戸籍謄本を見せてもらう。
生まれたところに帰ってきたね。と自分にしか分からない思い出にほんの少し浸ってみた。

昔、淀の流れは今の茨田のあたりで大和川が合流したびたび氾濫して架けられた橋はたびたび洪水で流された。
鳥飼大橋も「とりかえ」が変わったとか聞いたことがある。
長柄の橋は特にもろくてあるとき橋杭の下に人柱を沈めて神への供えにしようということになった。
ありきたりな物語なら見目麗しい乙女が犠牲になるだろうがこんなところに話し合いが出てくる。
近在のおとなたちの話し合いでこの仲で「はかまに接ぎのあるものにしよう」ということになった。
一同が身に着けているはかまを見ると、なんと言いだしっぺの長者のはかまに接ぎがあった。
人柱になった長者には年頃の娘がいた。
父親が長柄の橋の供えになった後娘はものをいわなくなった。
ものはいわずとも聞こえた美人なので河内の国の長者のもとに嫁ぐことになった。
あまりにもかたくなに口を利かない新妻に心を開かないとみたか、離縁して摂津に送り返すことになった。

行列が竹邑のそばを通ったときの雉の鳴く声がした。
娘の籠の近くにいた婿は矢を番えるとその雉を射殺した。
長く口を閉ざしていた花嫁が
「ものいわじ、父は長柄の人柱、鳴かずば雉も撃たれざらまし」と詠んだ。
婿は妻の心のうちを汲み哀れと思ったかともに暮らしたという・

キジも鳴かずば撃たれまいの語源になっている雉縄手は阪急千里山線の豊津駅付近。
人柱になった長者は阪急電車の崇禅寺のあたりにいた。

帰り、千里山から流れる天上川の土手伝いに走れば桜並木が見ごろで気づいた母が声を上げて喜んでくれた。
by ai-bannri | 2007-04-05 01:51 | 日記・あれこれ