神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

母の思いやり、介護について

自分は高齢者の介護についてはずぶの素人ではないが、それほど詳しくは無いと思っている。
6年生の夏、田舎に帰らされて祖父母の元で暮らした。
あの時大学生の兄は何日もバイトに励んで私が着て帰るワンピースを買ってくれた。
目を細めてみる母や姉の前に立ち、くるりと回ったり両手を掲げたりして喜んだ覚えがある。

秋に祖母が畑仕事の帰りに転んで骨折した。
そのまま寝たきりになった。
祖父が看たが、祖父は次の年の7月15日に亡くなった。
姉と私は、朝、祖母の「おまる」を掃除してから学校に行った。
家事は交代でした。

祖母はいざって家の中は動けたのであまり世話に苦心した記憶はない。
3年して亡くなった。
臨終には間に合わなくて「万里の名を呼び続けた」と伯母に聞かされると悲しくなった。


後から思えば私は「介護」の真似事をしていたのかもしれない。


姑は認知症だった。
在宅で2年ほど看たけれど、攻撃的な性質は穏やかになって私を慕ってくれたのであまり苦労は無かった。
身の回りの世話は長女もしてくれたので楽だった。

ひどく大変な思いをして100歳近い人の世話をしている友を何人か見ているので、自分がしていることは真似事だったと思っている。

母が、私の怪我を気遣ってくれている。
大阪に帰って貯金通帳を持ってすぐ鹿児島に来る、また万里と一緒に住むといっていたのが、骨折の治療は一人でしてくれと言っていた。

他人への気遣いが出来る人の世話は「介護」ではないような気がする。
自分も得るものがあるからだ。

ただし、目下のところ自分にはお金が無い!
母と暮らすために時間は全部母のためにと思っていたので稼がなかった。
後悔しきりだ。
介護は名目で母の貯金が目当てだろうといわれた。
5万円ほど余分に母から貰ったのを怪しく思われたらしい。

高齢者の世話をする人は周りに理解されることがまず第一だとおもう。
出来れば・・・・
感謝してくれる人があればなお良い
by ai-bannri | 2007-05-07 22:44 | 荒磯のうた