神々の鎮座まします霧島の山々を宮崎県の側から眺めます


by ai-bannri
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関の山

d0038294_1502192.jpgいっぱいいっぱいの様子を表す「関の山」は亀山にある関の宿から起こったという。
東海道が通じていて宿場町として栄えていた。
鈴鹿の席は、美濃の不和の関、越前愛発(あらち)の関とともに古代から要衝の地として知られている。
江戸時代には東海道53次の47番目の宿として賑わった、
むかし、ここの祭りの山車は16基もあってそれぞれが華美を競った、
狭い町の軒をえぐるように練り歩いたことから「関の山」の言葉が生まれた、
上の写真は都に向かって東海道を写す。山は鈴鹿山系

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これは
『関の地蔵に 振袖着せて 奈良の大仏婿に取る」と歌われた地蔵院の本堂
この寺の前に孝女「小万」が養女となって武芸に励んだ「あいづや」がある
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この写真は三菱東京UFJ銀行のサイトから
「安藤広重東海道五拾参次―保永堂」より
by ai-bannri | 2006-06-22 15:13 | 荒磯のうた